今や平成まで終わって令和の時代になってしまい、昭和の姿はより遠くなってしまいました。結局、昭和は足かけ64年ありましたけれども、元年と64年がそれぞれ7日間しかありませんでしたから、62歳と2週間が昭和の寿命でした。それでも享年は64年となりますが。

 本作品は戸川純の芸能生活十周年を記念して発表されたミニアルバムです。その時期がちょうど昭和の終りにあたったために、昭和への鎮魂歌として制作されることになりました。題して「昭和享年」。平成に比べると圧倒的に激動していた昭和には鎮魂歌が似合います。

 とりわけ戸川純はゲルニカにて戦前の日本を描いていたことから、昭和の鎮魂には相応しい歌い手です。軍服姿で両刃の剣を構える戸川のモノクロ写真がジャケットを飾り、否応なく昭和に思いが向けられます。それにしてもこの写真は美しい。

 「昭和享年」は戸川純による昭和歌謡のカバーで出来ています。選ばれた曲は6曲、いずれもディープな昭和の名曲です。「星の流れに」、「東京の花売娘」、「アカシアの雨がやむとき」、「バージンブルース」、「リボンの騎士」、「夜が明けて」!

 一番古い曲が「東京の花売娘」の1946年、最も新しい曲が「バージンブルース」の1972年です。ちょうど終戦直後からオイル・ショックの直前までの戦後の昭和をカバーしています。戸川は私とほぼ同年代ですから、個人史としては小学校までとなります。

 生まれる前の曲であっても、有名曲ばかりですから、テレビで頻繁に流されていた懐メロ番組で慣れ親しんだ曲ばかりでしょうし、冨田勲の名曲「リボンの騎士」などはど真ん中世代でしょう。頭で感じる昭和ではなく、身体に埋め込まれた昭和を歌っているといえます。

 サウンドは前半がゲルニカ仲間の上野耕路、後半がニュー・ウェイヴ仲間のPモデル、平沢進が手掛けています。上野はオーケストラにこだわったサウンドですし、平沢もテクノ風味も加味してはいますがこちらもストリングス中心のサウンドです。

 昭和歌謡はやはりオーケストラが映えます。そこは三人のコンセンサスであったことでしょう。もちろん同時代のサウンドではあるのですが、それでもレトロな響きが湧いてきます。そこは二人のサウンドマスターの見事な手腕のおかげでしょう。

 終戦直後の「星の流れに」と「東京の花売娘」ではスクラッチ・ノイズが加えられ、60年安保闘争の学生たちに人気があった「アカシアの雨がやむとき」では学生運動のサウンドがコラージュされています。これもまた昭和。ディープな昭和が現前します。

 昭和エログロナンセンスを代表するのはシングルカットされた「バージン・ブルース」です。野坂昭如のディープな昭和歌謡を戸川純が軽やかに歌い上げています。秋吉久美子主演、藤田敏八監督の映画は私には昭和の象徴のように感じられます。

 戸川純のさまざまに変化する歌唱がいいです。絶妙に選曲された曲を、身体に染みついた昭和を絞り出すように歌っています。壱から十まで納得しかありません。この曲でこの歌。やはり戸川純は同世代のアイドルです。これで昭和も安らかに眠れることでしょう。

Shouwa Kyounen / Jun Togawa (1989 TEICHIKU)



Songs :
01. 星の流れに
02. 東京の花売娘
03. アカシアの雨がやむとき
04. バージンブルース
05. リボンの騎士
06. 夜が明けて
(bonus)
07. バージンブルース(シングルバージョン)
08. 吹けば飛ぶよな男だが
09. バージンブルース(シングル・バージョン・ボーカルレス)
10. 吹けば飛ぶよな男だが(ボーカルレス)

Personnel :
戸川純 : vocal, chorus
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上野耕路、平沢進 : sound produce