知る人ぞ知るアンソニー・ムーアの幻のアルバムです。ムーアの幻のアルバムとしては発売に至らなかった「アウト」を幻度一番だと思っていましたが、こちらの作品はさらに幻の度合いが高いようです。もちろんこちらも制作時には発売されていません。

 本作品「リード・ウィッスル&スティックス」はムーアの三作目のソロ・アルバムとして制作されました。この頃のムーアはドイツを拠点に活動しています。支えたのはドイツで知り合ったウーヴェ・ネッテルベック、異端のバンド、ファウストの仕掛け人です。

 1971年5月にネッテルベックのスタジオである廃校を利用したビュンメにて収録された本作品は、テスト盤LPが12枚プレスされただけで、ドイツ・ポリドールは発売を見送りました。前2作が売れなかったからというのですから、何をか言わんやです。

 しかし、時を経て1998年に幻のアルバムの再発を手掛けるボイス・プリントのサブ・レーベル、ブルー・プリントからムーア本人がデジタル化したDATを用いてCDとして世に出ることになりました。制作から四半世紀たっていても、ムーアの名前は忘れられてはいませんでした。

 手元にあるのは、それからさらに20年以上が経過して今度は日本のP-VINEから再発された紙ジャケCDです。今回の再発の目玉は、ジャケットの復刻と、アフター・ディナーの宇都宮泰がムーアと協議しながら行ったリマスタリングによって甦ったサウンドです。

 まずジャケットは、2021年に米国のレーベル・オーナーがフランスで奇蹟的に6枚ものテスト盤LPを購入した際、その1枚についていたのだそうです。ムーアも忘れていたというジャケットですが、ポリドールのロゴが入っていたのでほぼ正式版と断定してよいようです。

 サウンドですが、ムーアも絶賛する宇都宮の手腕で、「ほぼ未使用のテスト盤LPに蒸留水を垂らしながら再生する手法」でLPから起こされました。もともと劣化していたマスターテープが入手できなかったためとされていますが、こちらの方が良かったと思います。

 本作品は、「木材、ガラス、布、金属、プラスチックなどの素材を並べて、自ら切った8~12cmの長さと太さが違う50本の竹の棒をゆっくり上から落とし続けた。床に当たった棒が転がって静止するまで12~25秒間の音をすべて録音する」手法で制作されています。

 それをテープ・ループで編集し、フルートやベル、叫び声を加えて完成です。そんな音楽ですからサウンドが命であることは容易に分かります。竹の棒が作り出すサウンドは細かなニュアンスも含めて見事にクリアに迫ってきます。50年前の音とは思えません。

 ムーアの本作品制作の動機は、人は繰り返しパターンを事前に認識しているのではないか、という問題意識でした。ループによる繰り返しを、人は予め「持っていることを知らなかった記憶から、無意識に構造を理解している」のだろうというものです。

 繰り返しを意識しながら聴いていると、あっという間に35分間が経過していきます。サウンドがとても生々しくて耳を奪います。「木の滝」はタイムレスですけれども、場面転換を表す叫び声やベルの音が時代を感じさせて面白いです。幻で終わらなかった運命の作品です。

Reed, Whistle & Sticks / Anthony Moore (1972 Polydor)



Songs:
01. Reed Whistle & Sticks, Part 1
02. Reed Whistle & Sticks, Part 2
(bonus)
03. Stimmgobel

Personnel:
Anthony Moore : all