ドン・チェリーが1969年11月23日にトルコの首都アンカラにあるアメリカ大使館で行ったライヴを収録したアルバム「ライヴ・イン・アンカラ」です。オリジナルはデンマークのソネットから発表されたもので、発売は録音の約10年後、1978年です。

 このアルバムはその後幻の名盤とされていました。それを世界初CD化したのは日本のユニバーサルで、ハードコア・ジャズ・シリーズの一環でした。なお、ソネットでの演奏をまとめたアルバムはヴァーヴから一足先にCD化されているので、これはオリジナル形態で初です。

 ライヴが実現した経緯については、奥さんであるモキ・チェリーが裏ジャケットに詳細に書いています。モキはスウェーデンのアーティストで絵画やファッション・デザイン、テキスタイルなど多分野で活躍した人です。ジャケットのタペストリーも彼女の作品です。

 モキの話は1965年夏にドンがスウェーデンでマッフィ・ファライと会った時から始まります。マッフィはトルコ出身のトランペット奏者で、二人はすっかり意気投合します。ドンは1968年になってマッフィに誘われてトルコのバンドの演奏を聴きにでかけます。

 そこで出会ったのがトルコ出身のドラマー、オカイ・テミズです。ドンはオカイに大きな可能性を感じ、以降しばらく演奏を共にするようになります。もっとトルコ音楽を聴いてみたいと考えたドンはみんなでトルコを旅行することを思いつきます。

 いざトルコに着いてみると、大歓迎を受け、「ありとあらゆる計画が持ち上がり始めたの」というわけで、オカイの家族に会うために訪れたアンカラでは、国営放送のテレビ番組に出演するとともに、アメリカ大使館でライヴを行うことになりました。これはその記録です。

 メンバーはドンとオカイ、ベースに現地でオカイが連絡を取った同級生でアンカラ交響楽団に所属していたセルチュク・スン、もともとオカイとの出逢いの際に同じバンドにいたイルファン・シュメールのカルテットです。イルファンはテナー・サックスとパーカッションです。

 急ごしらえのカルテットは、オリジナルやカバー曲とマッフィがアレンジしたトルコ民謡をほどよくブレンドして演奏しています。コンサートは無料で多くの人が聴きに来ており、「それは素晴らしかったの一言に尽きるわ」というモキの感想です。

 まず目につくのはオーネット・コールマンのメロディーがたくさん用いられていることです。「オーネットのコンセプト」、「オーネットのチューン」とわざわざ曲名が付けられたものもあります。そしてオリジナルでは名作「永遠のリズム」由来の曲が見受けられます。

 さらにカバーで目立つのはファラオ・サンダースの「ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスタープラン」で、ここでドンはボーカルも披露しています。これがリラックスしていてとても素晴らしい。アルバムで大きな位置を占めるトルコ民謡のアレンジもごくごく自然に馴染んでいます。

 トルコは音楽の深い伝統をもった国で、その膨大な音楽体系に、ドンは自身の音楽の地平を広げる可能性を見たのでしょう。何もかもがごくごく自然に融合しており、ここでの音楽を大そう魅力的にしています。幻の名盤としてマニア垂涎だったのもよく分かります。

Live in Ankara / Don Cherry (1978 Sonet)