オマーラ・ポルトゥオンドの名前を初めて知ったのは、ご多聞に漏れず、「ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ」でした。キューバのベテラン・ミュージシャンたちの驚異のパフォーマンスを堪能させる同アルバムでリード・シンガーだったのがオマーラでした。

 1930年10月生まれのオマーラがプロの歌手としてデビューしたのは17歳のことでした。1951年には女性だけのバンドとしてはキューバ初だった名門オルケスタ・アナカオーナに参加すると、時を置かずして女性コーラス・グループを結成します。

 それがクアルテート・ラス・デ・アイーダです。オマーラの姉を含む4人組のコーラス・グループはキューバ音楽の最先端を突っ走り、さまざまなジャンルのアーティストと共演を果たします。共演者の名前はキューバ国内にとどまりません。

 エディット・ピアフ、サラ・ヴォーン、ナット・キング・コールなど世界中のスターと共演したということで、いかに当時のキューバが世界に開かれていて、その豊潤な音楽の世界が活況を呈していたかということが分かるというものです。

 オマーラは1967年になるとソロ歌手としての活動を本格化させ、さまざまなスタイルの曲を歌い続けていきます。しかし、1959年のキューバ革命以降、市場開放政策がとられる1990年代初めまでは彼女の活動はほとんどキューバを出ることはありませんでした。

 この作品は、何とキューバ革命前、1958年に発表されたオマーラが28歳の時のアルバムです。今や、彼女のファースト・ソロ・アルバムと言われますが、もともとはジャケットの記載に従えば、フリオ・グティエーレスのオーケストラによる作品に客演したものと言えます。

 グティエーレスは1948年に自身のオーケストラを結成しており、キューバ音楽にジャズやクラシックの感覚を持ち込んだフィーリンと呼ばれる音楽スタイルに親和的なアーティストです。その彼の作品にボーカリストとして指名されたのがオマーラだったというわけです。

 オーケストラは、「コンボ編成を基本に、曲によりストリングス、アコーディオン、マリンバなども入れつつ、多彩で練りに練ったアレンジが全編で繰り広げられ」る演奏を行っています。ここに「フィーリンの恋人」と呼ばれるオマーラが艶やかで若々しい歌声を添えていきます。

 演奏されている曲はキューバやメキシコ、スペインというラテン世界の楽曲ばかりではありません。タイトルになっているのは「オーバー・ザ・レインボウ」で知られる米国の有名な作曲家ハロルド・アーロンの名曲「ザット・オールド・ブラック・マジック」です。

 また、同じアーロンの「スタア誕生」からの曲「去っていった男」、そしてデューク・エリントンの「キャラバン」も収録されています。いずれも完全にキューバのスタイルに昇華されており、当時のキューバの音楽界がいかに凄かったかということが分かります。

 日本の歌謡曲にもキューバ歌謡は大きな影響を与えていると思います。ここで展開する「モダンでメロー」なサウンドを聴いていると、何だか懐かしい気がするのはそのためでしょう。ハバナでは今も毎晩音楽が溢れています。底知れないキューバ音楽の一例がここにあります。

Magia Negra / Omara Portuondo - Orq. Julio Gutiérrez (1959 Velvet)