1992年3月29日、スイスのアールブルクにあるムーンウォーカー・クラブにて、サン・ラーと彼のアーケストラはライヴを行いました。本作品はそこでのライヴを記録した作品です。この時、サン・ラーは77歳、亡くなる前年のことです。

 1990年に脳梗塞で倒れてからも、サン・ラーの精力的な活動は続き、このライヴもコペンハーゲン、フランクフルト、ミュンヘンなどヨーロッパを回ったツアーの一環です。前後にはニューヨークやアラバマにてコンサートを行っています。超人ですね。

 さらにこの頃、サン・ラーはヴァン・モリソンとマイケル・ジャクソンの書いた曲からなるムーンウォーカー・セットなる新しい作品を構想していたそうです。もうこうなると恐れ入るしかありません。歳をとると何事も億劫になるなんてことはこの人に限っては全くありません。

 本作品でのアーケストラは「オムニヴァース・アーケストラ」と名付けられています。ユニバースではなく、オムニヴァース。まさにサン・ラーに相応しいスケールの大きな言葉です。サン・ラーを含めて総勢11人と中規模の編成によるアーケストラです。

 メンバーにはアーケストラをリーダーとして引き継ぐ重鎮のうち、マーシャル・アレンは参加していますけれども、ジョン・ギルモアは参加していません。管楽器はアレンのサックスにトランペットが2人、バスーン1人、トロンボーン1人と比較的こじんまりしています。

 本作品はサン・ラー存命中のアーケストラのライヴ盤としてはほとんど最後のアルバムになります。この後もライヴを続けているので、本当に最後なのかどうかは判然としませんが、少なくとも発売当時は最後の作品だったはずです。

 それもあるのか、本作品の内容は比較的サン・ラーのキャリアを網羅しているようなものになっています。タイトルの「デスティネーション・アンノウン」は高齢となっているステージから聴衆に語りかけるチャントの一節からとられています。

 ♪私たちみんなは宇宙船地球号に乗って、外へと向かっている、星の間を抜けて、目的地は分からない、でも船長には会ったことがないだろう?♪。サン・ラーの世界観を凝縮したチャントといえます。この後、料金を払わないと置いていかれるぞとかつては煽ったものです。

 また、本作品にはデューク・エリントンやジョージ・ガーシュインのカバーをビッグ・バンド然として演奏する曲や、サン・ラーのスタンダードともいえる「スターゲイザーのテーマ」、「ウィ・トラベル・ザ・スペースウェイズ」、さらには集団即興曲もあります。

 サン・ラーも、ピアノに加えてシンセをびょんびょん弾いている場面もあり、安心して楽しめるサン・ラー・ショウになっています。サン・ラーはスタイルが千変万化なので、意外とこういうライヴは珍しいのではないかと思うと同時に、終わりが近いことも感じてしまいました。

 冒頭の「ケアフリー」こと「エジプシャン・ファンタジー」の気合のこもった演奏から最後まで続けて聴くと、改めて「サン・ラーに駄作なし」を感じます。サン・ラーの人生には、毎日毎日、時々の花が力強く、そして美しく咲いています。

Destination Unknown / Sun Ra & His Omniverse Arkestra (1992 Enja)