これほど人々の心をざわつかせたジャケットはそうあるものではありません。レイナ―ド・スキナードの伝統にのっとった何ということはない、むしろどんくさいジャケットなのですが、当時の私もこのジャケットを手にして、何とも言えない感慨にふけったものです。

 そうです。このアルバムが発売されたわずか3日後にバンドのツアー用飛行機が墜落して、ボーカルのロニー・ヴァン・ザント、ギターのスティーヴ・ゲインズと姉のキャシー、そしてマネージャーの4人が亡くなってしまったのでした。とんでもない悲劇です。

 「ストリート・サヴァイヴァーズ」と名付けられたレイナード・スキナードの4作目のスタジオ・アルバムです。前作から1年半、難産の末に生まれた傑作でした。まず、トリプル・リードの一人エド・キングが脱退し、新たにスティーヴ・ゲインズがオーディションで加入しました。

 そしてトリプル・リードの二人、ゲイリー・ロッシントンとアレン・コリンズは飲酒とドラッグに関係した自動車事故を起こしています。一方、ヴァン・ザントには娘さんが生まれて、「初めて本気で将来のことを考えてるってことだ」と数々の悪行を悔い改めています。

 そんな変化の最中で制作されたのが本作品です。彼らのこれまでのスタジオ・アルバムではアル・クーパーがプロデュースを担当していましたけれども、本作品ではサザン・ロックといえばこの人、トム・ダウドにプロデュースを依頼することになりました。

 制作は順調に進んでほどなくアルバムは完成します。それがボーナス・ディスクに収められたバージョンです。しかし、それをライヴの音響エンジニアに聴かせたところ、「こんなアルバムをリリースしたら、おまえらの仕事はおしまいだぞ」と酷評されてしまいます。

 これまた悔い改めたバンドは彼らの大ヒット曲のすべてを制作したアトランタのスタジオ・ワンに戻って、アルバムを作り直しました。この時点でトム・ダウドの名前はプロデューサーから消えて、スタジオ専属の録音技師「気さくないい奴」ロドニー・ミルズになりました。

 このスタジオはよりライヴ向きの空間だということで、スタジオでサウンドを切り貼りするのではなく、レイナード・スキナードの持ち味であるライヴ感覚をアルバムにもたらすことに成功したのでした。彼らの土臭いロックにはこの感覚がよく似合います。

 アルバムからのシングルでヒットしたのは「ホワッツ・ユア・ネイム」と「ユー・ガット・ザット・ライト」でしたが、最も有名な曲は「ザット・スメル」です。ロッシントンの事故に触発されて出来た凄味のある楽曲で、彼らの代表曲ともいえる充実した曲です。

 座りがよいので見逃してしまいますが、「ワン・モア・タイム」は6年前にマッスル・ショールズで録音された曲にオーバーダブを施した曲です。「フリー・バード」を思わせる大らかな曲で、これを収録したのは大正解です。ちょっと溜めて前向きのエネルギーを放出するような。

 作り直しただけのことはあるまとまりのある傑作は出荷時点でゴールド・ディスクを獲得し、チャートでは自身最高位を記録しています。あんな悲劇さえなければと大いに悔やまれます。そして彼らは一旦解散しますが、後に驚きの布陣で再結成することになります。

Street Survivors / Lynyrd Skynyrd (1977 Songs of the South)