私とメタリカとの出逢いは、多くの人と同じく、本作品に収録された「ワン」のミュージック・ビデオでした。メタリカにとって初となるMVは斬新なものでしたし、そこで扱われているテーマはとても重く、のほほんとMTVを見ていた私も思わず居住まいを正しました。

 メタリカはこのMVのために映画「ジョニーは戦争へ行った」の権利を買って映像を使用しています。戦争のもたらした悲劇が描写されるわけですが、日本には江戸川乱歩の「芋虫」というさらに身も蓋もない小説があり、私はそちらを思い浮かべてしまいました。

 メタリカは傑作だった前作「メタル・マスター」を成功させましたけれども、そのツアー中にベースのクリフ・バートンが交通事故で亡くなるという悲劇に見舞われました。バートンは音楽教育を受けた人で、曲の構成に大きな役割を果たしていただけに損失は大きかった。

 解散も考えたメタリカでしたが、バートンは存続を望むはずだと意を決した彼らは後任ベーシストのオーディションを行い、新たに同じスラッシュ・メタルのフロットサム・アンド・ジェットサムにいたジェイソン・ニューステッドをメンバーに加えて再出発しました。

 本作品は新たな布陣のメタリカによる初めてのアルバムです。悲劇からほぼ2年、「9か月間も頭痛と二日酔いに悩まされ、その合間に時々頑張って仕事をした甲斐があった」とボーカル&ギターのジェイムズ・ヘットフィールドが漏らすニュー・アルバムです。

 この作品は確かに難産だったようです。バンドは最初にプロデューサーとしてガンズ・アンド・ローゼズの「アペタイト・フォー・ディストラクション」をプロデュースしたマイク・クリンクを起用しましたが、両バンドの違いは大きく、結局、彼は途中で解雇されています。

 後を継いだのは前作でもプロデューサーを務めたフレミング・ラスムッセンでした。録音がほぼ終わってからのプロデューサー交代はなかなか大変でしょうね。それもあってか、本作品のミックスは悪評が高いです。曰く、ベースの音がほとんど聴こえない。

 確かにその通りで、もう一つの重低音を担うバスドラもとんつく鳴るのみですから、サウンドに慣れるのにしばし時間を要します。慣れた頃にバートンに捧げた「トゥ・リヴ・イズ・トゥ・ダイ」となり、そこではバートンの生前のベースが大きく使われていて何だかもどかしいです。

 それでも、本作品はメタリカにとっては新しい出発を記録したアルバムとして大成功を収めています。曲はより複雑にプログレッシブになっており、その中でギターが大活躍して印象的なフレーズを次々に繰り出します。前作とは少し趣きが異なる感じがします。

 全9曲で65分とそれぞれの楽曲は長尺となり、ポップに流れることなくヘヴィ・メタルの本領を発揮しています。その中でも前述の「ワン」は世界的に大ヒットし、全米トップ40入りするヒットになっています。重いメタル曲がシングル・ヒットするのは異例のことでした。

 アルバムは全米6位となり、プラチナ・ディスクを獲得、1年半以上にわたってチャート入りしています。大ヒットです。なお、グラミー賞でもベスト・メタル・パフォーマンス賞にノミネートされましたが、受賞したのはジェスロ・タルでした。物議をかもした賞レースでした。

...And Justice For All / Metallica (1988 Elektra)