アルバン・ベルクはシェーンベルクに師事しており、十二音技法を使った作品を残した作曲家です。いかにもピエール・ブーレーズの得意分野という感じがいたしますが、実際にブーレーズはベルクの曲を指揮した作品を多く残しています。

 二人のつながりを示す最も有名な話は、ベルクの代表曲ともいえる歌劇「ルル」をブーレーズが初演したというものです。時代考証が一見間違っているようにみえますけれども、「ルル」の初演はベルク没後45年もたってからのことでした。

 「ルル」はドイツ表現主義の先駆者として知られる劇作家フランクリン・ヴェーデキントの戯曲を元に構想された歌劇です。ベルクは1928年に作曲に取りかかりますが、1935年に亡くなるまでに完成させることはできませんでした。

 ブーレーズが初演したのは後にオーストリアの作曲家フリードリヒ・チェルハによって補筆された作品です。未亡人がかたくなに補筆を拒否していたためにかくも時間がかかったというのが真相のようです。男を破滅させるヒロインの話が嫌だったんでしょうかね。

 本作品で演奏されているのは、一般に「ルル組曲」の名で知られているソプラノと管弦楽ための「オペラ『ルル』からの5つの交響的小品」です。ベルク自らがまとめており、第二幕から3曲、第三幕から2曲が選ばれています。

 この楽曲の聴きどころは何といっても5曲目の悲鳴です。この曲は歌劇の中では第3幕の終わりにあたり、ルルが死んで、伯爵令嬢が悲鳴を上げる場面です。この組曲は歌劇からの作品のわりにはボーカルの比重が小さいのですが、ここで一気に挽回します。

 本作品でブーレーズが指揮しているのはニューヨーク・フィルハーモニックで、ソプラノ歌手はケンタッキー生まれのジュディス・ブレーゲンです。この作品のときにはまだ30代半ばです。彼女はオペラのみならずテレビでクリスマス・キャロルを歌うなどの活躍をしています。

 そのジュディスの渾身の悲鳴が聴こえてくると思わず居住まいを正してしまいました。組曲最大の見せ場は、ジャケットにある下世話な世界を端正な音楽に垣間見せてくれて大変効果的です。これがあるとないとでは大きな違いです。

 本作品には「ルル組曲」の他に演奏会用アリア「ぶどう酒」が収録されています。こちらは「ルル」の作曲にとりかかった翌年にその作曲を中断して書き上げられた作品で、ボードレールの「悪の華」の3つの詩に曲をつけたものです。

 その三つの詩は「ワインの魂」、「恋人たちのワイン」、「孤独のワイン」と徹底してお酒について歌っています。歌い上げるのは「クラシック音楽界きっての稼ぎ頭の一人」と紹介されるアメリカの人気ソプラノ歌手ジェシー・ノーマンです。彼女の悲鳴も聴きたかったですね。

 ブーレーズのベルク作品集はCD5枚組の決定盤もあり、ニューヨーク・フィルとの本作品が代表作に上げられるわけではありませんけれども、十二音技法をひきずった端正でクールな音楽はブーレーズの独壇場であり、この作品もひんやりとした空気で味わい深いです。

Boulez Conducts Berg / Pierre Boulez (1979 CBS)

このアルバムではありませんが、ご参考まで。