「左うでの夢」は一般に坂本龍一の3作目のオリジナル・アルバムと言われます。「サマー・ナーヴス」を数えないのが一般的なんですね。本作品の発表は1981年、前作「B-2ユニット」からほぼ1年のインターバルを置いて発表されました。

 この時期は、ちょうどYMOの「BGM」と「テクノデリック」の間にあたります。YMOの創作意欲が大変に高く、傑作を生みだしていた時期のソロ・アルバムですから世間の期待も大変高かったことを覚えています。YMOファンでもない私も乗せられるように買いましたから。

 このアルバムで最も話題となったのは坂本の歌です。これほど坂本自身が歌うのは初めてのことです。ただし、本作品には収録されていないシングル「フロントライン」が半年前に発表されており、そこでは坂本のボーカルが中心となっていました。

 坂本自身は音楽を聴いても、歌詞はほとんど聴いていないと話しています。それにしては「フロントライン」はメッセージ性の強い歌詞でしたけれども、本作品ではあまり歌詞に意味が込められているようにも思えないので、こちらの方が教授らしいなと思いました。

 前作で教授がパートナーに選んだのはXTCのアンディ・パートリッジでした。本作品ではその役目を「ポップ・ミューヂック」の大ヒットでお馴染みのMことロビン・スコットが果たしています。あのポップなアーティストが教授と共演するとは意外でした。

 しかし、いざ作品が出来上がってみると、スコットの役割は今一つ判然とせず、同じロビンでもリード奏者のロビン・トンプソンの方が存在感があるように思います。こちらのロビンはシュトックハウゼンの下でサックスを吹き、日本で雅楽も学んだ異才です。

 さらに本作品にはYMO仲間の二人、細野晴臣と高橋幸宏、常連の松武秀樹や仙波清彦、アニマル・ギターのエイドリアン・ブリューなども参加しています。結局、こうした腕達者なミュージシャンを起用して即興的に作られましたから、スコットの役割が小さくなった模様です。

 この作品の一つの特徴は、デジタル録音です。日本で初めてアルファ・レコードのスタジオに導入された3MのDMSなるデジタル・マルチトラックレコーダーを使用してデジタル録音されています。まだCDの生産が開始する前ですから、画期的な出来事です。

 黎明期ならではの苦労が絶えなかったようですが、サウンドはいかにも、デジタルですよ、と主張しているようです。デジタルが当たり前になった現在から見ても実にデジタルらしいです。ただ、そこにわざわざへなへななボーカルを入れるのですから面白いバランスです。

 坂本はこの作品で、自分の中にあるポップな部分を恥ずかしがらずに外に出すこと、計算された音楽から離れること、と一見矛盾しそうなことを実践しています。ここにも独特のバランス感覚が感じられます。前衛的でかつポップな面白い作品になるのは当然ですね。

 ジャケットには一瞬京劇を感じるペインティングの坂本が写っています。この頃、坂本はビジュアル系の路線を進んでいました。アンディー・ウォーホールとのコラボは少し後でしたかね。ポスターカレンダーを職場に貼って怒られたのも今となってはいい思い出です。

Left Handed Dream / Riuichi Sakamoto (1981 Alfa)