マイルス・デイヴィスは1975年に健康上の理由で音楽をやめてしまいます。再びマイルスがトランペットを手にするのは1980年のこと、結果的に5年ものブランクが生じてしまいました。その間にコロンビア・レコードが発売したのが本作品「ウォーター・ベイビーズ」です。

 この作品に収録された未発表音源は1967年6月と1968年11月に録音されたものでした。わずか1年半の間ですけれども、マイルスの音楽が大きく変わろうとしている時期でしたから、両者が共存するのは面白いですが、違和感が全くないわけではありません。

 67年6月の方は例のグレイト・クインテットによるアコースティックな録音で、「ネフェルティティ」と同時期の録音です。「コロンビアはそれを1976年まで出さなかった」とマイルスは不満を述べていますから、当然同時期に発表するつもりだったのでしょう。

 ここでは「ウォーター・ベイビーズ」、「カプリコーン」、「スイート・ピー」の3曲が収録されています。いずれも作曲家としての凄さに皆が気付き始めたというウェイン・ショーターが作曲した曲です。この時期らしく、ジャズの範疇を逸脱したような自由な曲調がいいです。

 この3曲は1969年に発表されたショーターのソロ・アルバム「スーパー・ノヴァ」でも演奏されています。結果的にそちらの方が早く発表されてしまいましたから、この作品を聴いて、マイルス組での演奏との違いを思い知らされることになったわけです。

 なお、「スイート・ピー」とはジャズ史に残る超名曲「A列車で行こう」を作曲したビリー・ストレイホーンのあだ名を冠した曲で、ショーターによるトリビュートになっています。ジャズ黎明期の熱気を取り戻さんとする試みなのでしょうか。

 ここでレコードであれば盤を裏返して68年11月の録音に移ります。ここではベースがロン・カーターからデイヴ・ホランドに交代しており、さらにチック・コリアが加わって、ハービー・ハンコックとともにエレクトリック・ピアノを演奏しています。エレクトリック・マイルスの走りです。

 録音時期は「キリマンジャロの娘」とマイルスの歴史の中でも重要な作品となる「イン・ア・サイレント・ウェイ」のちょうど間にあたります。マイルスのクインテットは1968年の終わりに解散しますから、その直前の録音であるともいえます。

 曲は18分に及ぶ「トゥー・フェイス」、トニー・ウィリアムスの名前を冠した「デュアル・ミスター・ティルマン・アンソニー」の2曲です。二曲で30分強です。エレピのふわふわしたサウンドが特徴的な曖昧で朦朧とした面白い曲です。前者がショーター、後者がマイルス作曲です。

 ここにCD化に際して同じ時に録音された「スプラッシュ」が加わりました。「オレが、よりリズミックで、ブルース・ファンク的なサウンドに向かっていたことがわかるだろう」とマイルスが名指しする「スプラッシュ」です。マイルスは「ロック的なサウンド」を求めていました。

 がらりとメンバーが入れ替わったわけではないのにA面とB面が同居するとどことなく違和感を感じる面白いアルバムです。けしてアウトテイク集などではない、この時期ならではの演奏が堪能できます。ロック耳にはどんどん馴染みやすくなってくるマイルスでした。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Water Babies / Miles Davis (1976 Columbia)