アンネ=ゾフィー・ムターとヘルベルト・フォン・カラヤンの出逢いは語り草になっています。1976年の音楽祭で初めて当時13歳のムターのバイオリン演奏を聴いたカラヤンは翌年にはザルツブルク音楽祭に彼女を招き、演奏会デビューの機会を与えました。

 カラヤンは1908年生まれですから、この時はすでに70歳近い。まわりはどう思ったんでしょうね。帝王の気まぐれととったのか何なのか。しかし、ムターのその後の長きにわたる活躍ぶりをみると、カラヤンの眼力に改めて敬服せざるを得ません。

 ただし、本作品がCD化された際にカップリングされた「バイオリンとチェロとオーケストラのための二重協奏曲」に抜擢された当時25歳のチェロ奏者アントニオ・メネセスの方はあまりぱっとしないとして、カラヤンのひいきはあてにならないとも言われているようです。

 ともあれ、ムターはカラヤンの庇護のもとに1978年にはすでにドイツ・グラモフォンに初録音を果たすことになり、その後もカラヤンの指揮するベルリン・フィルと数々の共演を果たします。本作品もその一つで、とりわけ人気の高い作品です。

 ブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」は1981年9月の録音です。この時、ムターはまだ19歳です。この1か月前にはザルツブルク音楽祭にてカラヤン指揮ウィーン・フィルとともにこの協奏曲を披露しているそうで、その流れで本作品の録音とあいなりました。

 とはいえオーケストラはベルリン・フィルです。ここらあたりは得も言われぬ機微があるのでしょうね。お互いライバル関係にあるでしょうから、楽団員としては張り切ったに違いありません。カラヤン先生にはそんなことはまるで関係ない気もしますが。

 一方、カップリングされた二重協奏曲はムターとメネセスがメインとなるバイオリンとチェロを弾きます。本来のアルバムではジャケットにカラヤンとのスリー・ショットが使われていますが、私のCDではタイトルも含めて完全におまけ扱いです。メネセスさんの心中やいかん。

 ヴァイオリン協奏曲はブラームスがイタリアに旅行した後で作曲しており、南国的とか情熱的とかの形容詞を付けて説明されることが多い曲です。しかし、ここでの演奏を聴いていると、とてもそんな形容詞は浮かびません。いかにもゲルマンな感じですがどうでしょう。

 ムターのバイオリンも、多分に録音のせいもあるのでしょうが、丸みのあるサウンドではなく、きんと尖った感じに聴こえます。その分若々しくてかっこいいです。曾祖父のようなカラヤンですから力関係は歴然としており、火花が散っているふうではありませんが。

 私は三大ヴァイオリン協奏曲の一つとされるこの「ヴァイオリン協奏曲」よりも、ボートラ扱いされた二重協奏曲の方が好きです。ブラームスがヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムと和解するために協奏曲となったそうですが、こちらの方がロマン派っぽくて柔らかな印象です。

 「若き日のメニューイン以来の偉大な音楽の神童」と言われたムターですから、20歳前後の時期の録音とはいえ、もはや誰も容赦しなかったでしょう。そんな環境の中でカラヤンとともに見事な演奏を行うわけですから、大したものです。

Brahms : Concerto for Violin op.88 / Anne-Sophie Mutter (1982 Deutsche Grammophon)