ナース・ウィズ・ウーンドは3枚目のアルバムでとうとうスティーヴン・ステイプルトンただ一人になってしまいました。ここからのキャリアが圧倒的に長いので、むしろバンド時代は前史という扱いになってしまいそうです。2枚とも面白い作品でしたけれども。

 本作品がその三枚目「メルツビルド・シュウェット」です。メルツビルドは20世紀初頭にダダイストとして活躍したクルト・シュヴィッタースが創始したメルツ絵画のことです。雑誌の切り抜きや廃物をコラージュした抽象的な作品群で、いかにもダダイズムらしい。

 シュウェットの方は意味が分かりませんが、シュヴィッタースが関係しているのかもしれません。ちなみに私はシュヴィッタースのことをブライアン・イーノの「ビフォー&アフター・サイエンス」の一曲「カーツス・リジョインダー」にコラージュされていたのを聴いて知りました。

 そのタイトルからも分かる通り、ナース・ウィズ・ウーンドはこの作品でダダイズムに影響を受けた音響コラージュを展開しています。前作のバンドによるフリー・ジャズ的な側面は消え失せて、徹頭徹尾、さまざまな音源をコラージュすることで作品が出来上がっています。

 アルバムはもともとLP作品ですから、その性格を活かして二つの部分に分かれています。一つはダダのX乗サイド、もう一つはフューチャリスモ・サイド、すなわち未来派サイドです。ダダイズムと未来派はいずれ劣らぬ20世紀初めの前衛芸術です。

 大変悩ましいことにどっちがどっちか分からなくなっているのですが、ここでは表記に従って最初にダダ、次に未来派とみなします。結構逆に捉えている人も多く、これはステイプルトンの企みかしらと思ってしまいます。ダダと未来派をキーワードに考えるとややこしいので。

 「ダダ」の方はさまざまな楽器やらオブジェクトから出るサウンドを素材としてコラージュしており、そこに英語とドイツ語による女性の話し言葉も配されています。♪私たちはスピーチの力を失くしてしまったようだ♪という決め台詞が実に効果的に刺さってきます。

 「未来派」の方では東京キッドブラザーズが1971年に上演した「黄金バット」の台詞が使われています。♪よく見ろ、バカ♪とか♪東京の薔薇♪とか日本語が出てきます。意味を知らずに使ったにしては凄いです。東京キッドブラザースは前作でNWWリストに載ってましたね。

 「未来派」にはまた意地悪な仕掛けがしてあって、明らかにレコードに傷がついているようなノイズが入ります。徐々に間隔が短くなるので傷ではないと分かりますが、初めて聴くと焦ります。これもまたアヴァンギャルドっぽい。

 ステイプルトンのサウンド・コラージュはとにかくセンスがいいです。アナログ版ヴェイパーウェイヴなのかダダイズムや未来派へのオマージュなのか。音は驚くほど美しく録音されており、それが絶妙に配置されていて、何とも贅沢な時が流れていきます。素晴らしいです。

 ジャケットはステイプルトンによるコラージュ作品で、アルブレヒト・デューラーとかギュスターヴ・ドレとか謎解きが盛んに行われています。第一次大戦の頃のイメージや機械に溺れた未来派的な側面もあり、見てて飽きません。今回はサウンドもジャケットのようになりました。

Merzbild Schwet / Nurse With Wound (1980 United Dairies)