デビュー作で世界に衝撃を与えたビリー・アイリッシュのセカンド・アルバムです。前作から2年と結構な間隔があいているのですが、前作の息の長いヒットとその後の活動を考えると、比較的早くセカンド・アルバムを制作したと受け止めるのが正しそうです。

 「ハピアー・ザン・エヴァー」と題されたアルバムですけれども、涙を流すジャケ写にも現れている通り、手放しで幸せを享受しているわけではなく、♪あなたから離れて今までにないほど幸せ♪と言っているに過ぎません。どん底から少し上向いたというところです。

 それにしても重いアルバムです。私のような日本在住の還暦を過ぎた普通のおっさんとは何ら共通点を持たない、米国に住むティーンエイジャーながらスーパースターとなった娘さんの苦悩を理解できるなどとはとてもいえませんが、その苦悩の深さだけは伝わります。

 世間の注目を一身に浴びる若い女性にとって、世界はかくも生きずらいものなのでしょう。テイラー・スウィフトやレディー・ガガ、マドンナなどの先達の苦闘も記憶に新しく、少しは住みやすくなったかと思えば、ビリーもまた大変な戦いを強いられています。

 男性ミュージシャンであっても悩みは尽きないのでしょうが、マチズムに溢れる社会において、女性は女性であるというだけでその悩みが上乗せされます。典型的には容姿の話題があります。ビリーもコルセット姿が物議をかもして大変なことになっていました。

 そんな怒涛の生活の中でもビリーは前作同様に兄フィネアスと二人だけで本作品を制作しました。思えばこの彼女のスタイルはコロナ前でも後でもまるで関係ありません。ベッドルーム・スタイルはコロナ禍で数多くのミュージシャンにお手本を提供したことでしょう。

 この作品は前作に比べてもベッドルーム感が増しています。それだけ二人が内面に向きあっていっているということでしょう。ビリーのボーカル・スタイルは呟くようなスタイルが増え、「ノット・マイ・リスポンシビリティ」では正反対ながらレナード・コーエンを思い出しました。

 わざわざクレジットにボーカル・エンジニアリング担当と添えられている通り、曲ごとに異なるボーカルの録音の仕方には最新の注意が払われています。これがとにかく効果的で、彼女のボーカルの凄味を感じさせてくれます。生々しくて恐ろしい。

 このボーカルを最大限に効果あらしめているのは兄フィネアスの作り出すサウンドです。前作よりもさらに音数が少なくなったように感じます。それだけ一音一音の響きが考え抜かれていて、美しいです。このサウンドも実に恐ろしい。大変な人たちです。

 そうしたボーカルで歌われる歌詞は生々しく迫ってきます。真摯に世間を告発する血の滴るような言葉の数々は暴力的に耳に飛び込んできます。この率直さ、真摯さに救われる若者も多いことでしょう。われわれおっさんには反省が迫られています。

 アルバムはまた世界中で一位に輝きました。落ち目だの何だのと煩い世間などものともしません。やはりビリー・アイリッシュは凄いです。R&Bやヒップホップ、ロックにフォークなどを深いところで消化したサウンドは実に深い。大したセカンド・アルバムです。

Happier Than Ever / Billie Eilish (2021 Darkroom)