マイルス・デイヴィスの「ジ・アザー・クインテット」、2番目のグレイト・クインテットによる4作目のアルバム「ネフェルティティ」です。ジャケットはマイルスその人、見事に美しいですね。レニ・リーフェンシュタールの写真集「ヌバ」を見た時の感動に近いものがあります。

 本作品はマイルスのクインテットによるプチ・マラソン・セッションから誕生しました。1967年5月に前作「ソーサラー」、6月の3日間で本作品「ネフェルティティ」と1976年になるまで陽の目をみなかった「ウォーター・ベイビーズ」の半分が録音された一連のセッションです。

 かくも充実していたマイルスのクインテットです。本作品も評判通りの傑作で、ファンの間でも人気が高いです。とりわけ、次作以降はマイルスがいよいよエレクトリックになっていくため最後のフル・アコースティック・アルバムとなりましたからなおのことです。

 ところが、バンドの充実ぶりとは裏腹に、マイルスのレコード・セールスは1950年代終わり頃に比べると芳しいものではありませんでした。本作品もジャズ・チャートでは健闘しているのですが、やはりロックの台頭はジャズに影を投げかけたのでしょう。

 それはともかく、マイルスは本作品について「人々が、作曲家としてのウエインの凄さに本当に気づきはじめたのも『ネフェルティティ』からだった。」と語っています。すでにクインテットの中心的な作曲家になっていたウエイン・ショーターはここでも爆発しています。

 ここではショーターが3曲、ハービー・ハンコックが2曲、トニー・ウィリアムスが1曲で全6曲です。マイルスはショーターを筆頭に若いメンバーが作り出す新しいサウンドに惚れ込んでおり、生き生きとトランペットを吹きまくっています。

 ショーターによる冒頭のタイトル曲「ネフェルティティ」がとても新鮮です。それまでのジャズのイディオムからは外れ、管楽器が同じメロディーを繰り返す中で、リズム・セクションがソロイストのようになって曲を進めていきます。新しい時代のジャズを感じます。

 その上、この曲にはなんとアドリブがないのだそうです。これまでのジャズとは感触が異なるはずです。フリー・ジャズの対極にあるサウンドというのも面白いものです。この曲だけで思わず身を乗り出してしまうのはそういうからくりがあったからなんですね。

 マイルスはこのアルバムではいつものミュート・トランペットを吹いていません。どうどうと正面から熱い音色で勝負しています。そんなところにもマイルスの嬉しそうな姿が感じられます。成長する若い才能に身を任せつつ、自分の音楽を構築していく喜びなんでしょう。

 ショーターやハンコックはそれぞれ自分の曲を後にマイルスなしで別のバンドで再録音しています。いくら自分の曲であっても、ここではやはりマイルスのサウンドになっていますから、裸の実力というものを試してみたかったのでしょう。

 革新的なアルバムですけれども、演奏するクインテットはあいかわらずスーツにネクタイ姿です。時は1967年、すでにサイケデリック時代に突入し、社会は大きく変わってきていました。こんな傑作をものしたマイルスですけれども、次なる変化がすぐそこに迫ってきました。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Nefertiti / Miles Davis (1968 Columbia)