前作から約2年の歳月を経て発表されたジェスロ・タルの14枚目のスタジオ・アルバムです。作品の間が1年以上空いたのは何と彼らのキャリア史上初めてのことです。コンセプト・アルバムばかり出しているにもかかわらず、相当多産なバンドです。

 ソロ・アルバム崩れの前作「A」で大幅にメンバーが交代したジェスロ・タルは、レコーディング・メンバーでツアーに出ています。そしてツアー終了後、エディー・ジョブソンとマーク・クレイニーの二人は自身のプロジェクトへと戻っていきました。

 残されたのは御大イアン・アンダーソン、長年タルを支えてきたマーティン・バーと、ジョン・グラスコックの後任としてタルに参加したフェアポート・コンヴェンションのデイヴ・ペッグの3人で、彼らを中心にバンドの新たなラインナップが揃います。

 ドラムにはキャット・スティーヴンスのバックを務めていて、後にフェアポート・コンヴェンションに加入するジェリー・コンウェイが起用されました。しかし、彼はアルバム制作後には脱退してしまい、以降、ジェスロ・タルはドラマーが固定できない時期を過ごしていきます。

 サウンドの鍵を握るエディーの後釜にはメロディー・メイカー誌の広告をみて応募してきたスコットランド出身のキーボード奏者ピーター・ヴェテッシが加入しました。ピーターは後にポール・マッカートニーと共演し、ウィングスに誘われるほどの活躍を果たします。

 驚いたのはプロデューサーです。これまでほとんどがアンダーソンのセルフ・プロデュースだったにもかかわらず、ここで元ヤードバーズのポール・サムウェル・スミスを起用しました。ポールはキャット・スティーヴンスなどを手掛けてプロデューサーとしても成功していました。

 しかし、時代はニューウェイブ・サウンドが全盛だったのに、わざわざ元ヤードバーズを指名するあたりが実にアンダーソンらしいです。1980年代のサウンドを取り入れるにしてもけして安易な道をとらないぞという信念の表れのように思います。

 アルバムは「ザ・ブロードスウォード・アンド・ザ・ビースト」と題されました。懐かしい「アクアラング」と同じように、A面が「ビースト」、B面が「ブロードスウォード」と名付けられています。それぞれ各面の1曲目の曲名にちなんでいます。全体のタイトルはそれを足したものです。

 ポールはエディーに比べるとまだシンセサイザーの使い方がこなれておらず、いかにもこの時期のシンセ・サウンドが目立ちます。その分、エレクトリックではありますけれども、以前のジェスロ・タル・サウンドへの揺り戻しが起こっているように思います。

 前のめりではなく、堂々と落ち着いて80年代サウンドを取り入れている印象です。デビュー後初めて充電期間を置いて、アンダーソンの曲作りも充実していたのでしょう。フォーク的な側面も自然に表れています。アンダーソン自身が高く評価するだけのことはあります。

 アルバムは全英27位、全米19位とこれまたそこそこの成績を残しています。もはや爆発的に売れることはなくなりましたが、確かなファン層に支えられ、ジェスロ・タルのちょっといい作品はしっかりと成果を残すのでした。メンバーは不安定ですが、アルバムは安定しています。

The Broadsword And The Beast / Jethro Tull (1982 Chrysalis)