毎回邦題で楽しませてくれるジェスロ・タルですが、今回ばかりは日本のレコード会社も手が出なかった模様です。なんてったって「A」ですからね。それもマスターテープにイアン・アンダーソンのAがマークされていたからという人を食った命名です。

 本作品はもともとイアン・アンダーソンのソロ・アルバムとして制作されましたけれども、売上を心配したクリサリス・レコードがジェスロ・タル名義で発表することをごり押ししました。アンダーソン自身はジェスロ・タル作品として考えていたわけではないことになります。

 レコード会社の横暴で話を片付ければよいのですが、もともとソロ・アルバムの制作を持ち掛けたのはクリサリス側だといいますから話がややこしい。前作の美しい名曲「ダン・リンギル」を弾き語るアンダーソンを聴いてのオファーだそうです。

 それに応じたアンダーソンですが、あろうことかアコギは封印され、集めたメンバーはエレクトリック仕様でシンセまで全開です。クリサリスの念頭にあったソロ・アルバムとは真逆、まだジェスロ・タル作品の方が近い。ならばタル名義で、となるのも分からないではないです。

 本作品制作のために呼び寄せたのが、フェアポート・コンヴェンションのデイヴ・ペグ、この場合は元カーヴド・エアーの、と紹介した方がしっくりくるエディー・ジョブソン、その友達でトミー・ボーリンやジノ・バネリ、ジャン・リュック・ポンティと共演していたマーク・クレイニーです。

 ここにジェスロ・タルのギタリスト、マーティン・バーが参加して、結局5人組となりました。この時期にはイエスとバグルスの合体なんていう驚きがあったことを考えると、ここに集った面々は自身の界隈から調達してきたメンバーという感じで安心感があります。

 このメンバーでの作品制作にあたって、アンダーソンはエレクトリックにこだわったと言っています。その要となるのはエディー・ジョブソンでしょう。作詞作曲クレジットはもちろんアンダーソンですが、アディショナルとしてエディーの名前が記載されています。

 演奏を聴くと、エディーはここではUKのエディーです。カーヴド・エアーやロキシー・ミュージック、フランク・ザッパ・バンドのエディーというよりも、しっかりとプログレらしいサウンドを作り上げることに貢献しています。けっしてでしゃばりすぎず、しかし刻印を残しています。

 ストリングスがなくて、エディーがシンセを控えめながら全開しているため、サウンドがこれまでのジェスロ・タルとは異なる感触をもっています。とはいえ、あくまでアンダーソン・ワールドの中の話であり、十分に継続性もありますし、曲はやはり素敵です。

 ところでバンドは、前作の後、ジョン・グラスコックが逝去、親友だったバリモア・バーロウが気落ちして脱退、グラスコックの代わりにペグが入っています。アンダーソンは本作をソロと考えていたので、他のメンバーを入れ替えるつもりはもともとはなかったと言っています。

 しかし、バンドのサウンドがこうなればジョン・エヴァンやデヴィッド・パーマーは淘汰される運命にありました。レコード会社のごり押しでバンド名義になったことで、そのプロセスが早まったといえるでしょう。いいアルバムなのですが、ファンは複雑な思いを抱えます。

A / Jethro Tull (1980 Chrysalis)