前作はヒット・チャート的にはやや不満が残る結果になりましたが、この頃のジェスロ・タルの人気はすさまじく、1975年2月にロサンゼルスでの5夜にわたる2万人公演を売り切ったことから、メロディー・メイカー誌は「ジェスロ-今や世界最大のバンド?」と書きました。

 日本にいるととても想像できないような人気ぶりだったわけです。そんな大成功を収めた英国のバンドが当時頭を悩ませていたのは税金問題でした。福祉国家を目指す英国の所得税は最高税率が80%越えるという重税ぶりでした。サッチャー首相の登場前ですね。

 ジェスロ・タルも他のアーティスト同様英国を脱出してスイスに居を構えることにしましたが、ほどなくホームシックにかかって断念、代わりにアルバム制作を英国の外で行うことで何とか節税をはかることとしました。そのためにモービル・スタジオまで用意しています。

 彼らが選んだ場所はモナコのモンテカルロです。当地のラジオ・モンテカルロのビルにモービル・スタジオを横付けし、録音スタジオが完成しました。モービルは駐車場に置かれたため、壁にコードを通す穴を空けたということです。よくも許されたものです。

 その場所の写真は裏ジャケットにあります。ホールにはバルコニーが設えてあり、そこに立つメンバーが「天井桟敷の吟遊詩人」というわけです。表ジャケットと構図がシンクロします。このジャケットはタル史上最悪のものだとイアン・アンダーソンはなぜかぼやきますが。

 有数の観光地であるモンテカルロです。アンダーソンとドラムのバリー・バーロウ以外は家族を帯同しておらず、音楽活動以外の活動も盛んになっていきます。そんなこともあって、アンダーソンの果たす役割がどんどん大きくなっていきました。

 サウンド面ではアンダーソンの弾くアコースティック・ギターと、デヴィッド・パーマーとの作業となるストリングスの比重が大きくなりました。アコギは美しい名曲「レクイエム」やタル史上最も短い曲「グレイス」などに顕著ですが、アルバム全体に活躍します。

 ストリングスは当初地元のオーケストラを使う予定でしたが、うまく合わず、結局、前作でバイオリンを弾いていたパトリック・ホーリング及びタルとツアーを共にしていた女性ばかり四重奏団を呼び寄せています。ストリングスはそれこそバンド・サウンドの一部になっています。

 アンダーソンは曲の構想を練る段階からストリングスの位置付けを考えており、これも彼のボーカル、フルート、アコギと並ぶアンダーソン成分になっています。となるとバンドの比重が小さくなってしまうので、あえてのロック展開でバンドを前に出した曲も出てきます。

 そんなわけでよりフォーク色が強まりつつも、ロック要素はしっかりと保たれており、ジェスロ・タル・サウンドは本作品でも好調です。マーティン・バーのエレキ・ギターももちろん見せ場がやってきます。17分の組曲と1分に満たない曲が混在するのもタル的です。

 アルバムは全米7位、英国では20位どまりと普通の基準ならば大ヒットですが、彼らにとっては前作を下回る不満の残る結果だったことでしょう。ジェスロ・タルの魅力の詰まったアルバムですけれども、コンセプト・アルバムの色がつきすぎた結果なんでしょうかね。

Minstrel In The Gallery / Jethro Tull (1975 Chrysalis)