坂本慎太郎の3枚目のアルバム「できれば愛を」です。ジャケットに坂本が描いたのはデザインされた細胞です。坂本は免疫細胞が怪我を治すとか、土の中でバクテリアがなにか浄化しているとかそういうことを「敢えてラブと捉えてみたらどうだろうか」と語っています。

 「恋愛でも、ラヴ&ピース的な愛でも、人類愛とかスピリチュアルな感じのすごいデカい愛でもない、まだあまり歌われていない愛がある気がして」。この目線にとても感動しました。手あかのついた愛という言葉のイメージを刷新する見方だと思います。

 前作が人類が滅んでしまった後の楽園を描いたコンセプト・アルバムだったのに対し、この作品にはそうしたテーマは置かれていません。全体に統一感のあるサウンドではありますけれども、歌詞はそれぞれの楽曲で独立した世界を楽しめるようにできています。

 坂本のようなアーティストの場合、歌詞が先にできているのかと思いきや、「言葉が出てくるのはわりと最後の方ですね」ということで、アレンジも決めて、レコーディング・メンバーとスタジオでリハーサルしている間に言葉を作っていくのだそうです。

 レコーディング・メンバーは基本的にはトリオ編成です。坂本がボーカルとギターその他、ベースにOOIOOのAYA、ドラムに菅沼雄太という布陣です。菅沼は中納良惠や坂口恭平などのシンガーのバックでの演奏で知られるアーティストです。

 このベースとドラムによるリズムがかなり前に出てきているのが本作品のサウンドの特徴です。これまでのソロ・アルバムが「死人が演奏している」みたいと言われたらしく、「今回はちゃんとメンバーが楽しげに演奏している感じを出したい」と思った結果のようです。

 「自分でも『なんでベースがこんなに出ているんだろう?』っていう曲もある」というくらい、ぶっといベース音が強く耳に残ります。このベースを追っているだけで十分に気持ちの良いサウンドが展開していきます。確かにとても楽しそうです。

 ただし、もちろん坂本のことですから底抜けに明るい感じはありません。開放的ではないんですよね。部屋の中で楽しんでいる感じ。バンドの生演奏なのにベッドルーム・サウンドのように響きます。バカ騒ぎがあまり好きではない私にはちょうど良い明るさです。

 たとえば、「ディスコって」というディスコを称える曲があり、一応ディスコっぽいのですが、どうもこれがフロアに流れて人々が踊っている感じはありません。画面越しにみるディスコというちょっとずれたような感じがとてもいいです。

 ゲストには初参加となるのが意外な石橋英子、印象的なテナー・サックスを聴かせる自身のバンドを率いる西内徹、そして、三人の女性コーラスがクレジットされています。この女性コーラスがサウンドの要だとは坂本の言。ちょっと明るい坂本の象徴かもしれませんね。

 初回限定盤を買ったので例によってボーナス・ディスクとして全曲のインストゥルメンタル・バージョンを収録したディスクが付けられています。坂本の場合は、詞の世界に注目が集まる傾向がありますけれども、こうしてサウンドだけ聴いていても十分に凄いです。

参照:「まだあまり歌われていない愛がある気がして」河村祐介(OTOTOY)

Love If Possible / Shintaro Sakamoto (2016 Zelone)