ジェスロ・タルの「ジェラルドの汚れなき世界」に続く、一大コンセプト・アルバム「パッション・プレイ」です。前作は全米1位に輝いたものの、そのコンセプトが広く受け入れられたとはいえず、ライヴでは「アクアラング」を所望する声が強かったといいます。

 そこで路線を変更することなく、さらなるコンセプト・アルバムを作り上げてしまうところがジェスロ・タル、イアン・アンダーソンの真骨頂です。今回は架空の演劇となっており、キリスト教徒にはお馴染みの受難劇をアルバムで演じてみせました。

 ただし、当初から本作品が構想されていたわけではなく、ジェスロ・タルはフランスにて別の2枚組アルバムの制作を開始していました。しかし、この試みはさまざまな事情からアルバム1枚半分のマテリアルが出来たところで放棄されてしまいます。

 仕切り直して新たなコンセプトのもとに制作されたのが本作品で、そのマテリアルの一部は本作品に活かされているのだということです。さまざまな既存の音楽素材を新たなコンセプトに沿って組み立てたわけです。アンダーソンはまったく自由自在です。

 ジャケットにはご丁寧に演劇のプログラムまで封入されています。演目の表のみならず各俳優のプロフィールなども記された本格的なプログラムです。さらには、禁煙の注意書きから遅刻者への会場入り時の注意事項まで書かれているという念の入れようです。

 モチーフになっているのはキリストの受難劇ですけれども、もちろんそのまま再現しているわけではなく、キリストそのものではない架空の人物の受難と復活を描いています。共有されている受難劇との化学反応が頭の中で起こる仕組みなのでしょう。

 本作品は受難劇のフォーマットにのっとり、途中で幕間劇が入ります。「眼鏡を失くした野ウサギの物語」と題されたパートで、ステージで再現する時には映像も披露されています。ステージでは他の部分でも映像が使われたそうですから、マルチメディア公演ですね。

 ステージでの初演は1973年5月ですが、映像機材なども大がかりに抱えていたため、トラブルも多く、さらには難解だと批判されたこともあって、フルサイズでの演奏は9月までの短期間で終わってしまっています。いかにもカルト・アルバムの誕生につきものの話です。

 本作品ももちろんアルバムを通して1曲だけで構成されています。サウンドは前作に比べると暗いと言われています。しかし、テーマとなるフレーズが何度も繰り返し出てくるところや幕間劇の存在など、前作に比べるとまとまりが分かりやすい作品になっています。

 ロックやジャズ、フォークなどを折衷したジェスロ・タルのサウンドはさらに完成度を増しており、本作品を最高傑作とする人が多いのもよく分かります。長尺にも係わらず緊張感は最後まで途切れることなく、その構成力には脱帽してしまいます。

 難解だと言われた作品ですけれども、前作に引き続いて全米1位を獲得しており、ジェスロ・タルの人気は頂点に達しました。二枚つづけて難解と言われながらもコンセプト・アルバムが広く受け入れられたのは、プログレッシブ・ロックの時代ならではの出来事です。

A Passion Play / Jethro Tull (1973 Chrysalis)