アート・アンサンブル・オブ・シカゴの中心人物レスター・ボウイのECMにおける初めてのソロ・アルバムです。この頃、AECはECMから作品を発表していましたから、ごく自然にボウイの作品もECM発表となったものと思われます。

 しかし、アルバムにはAECの他のメンバーは一切入っていません。バンドを離れた純粋なソロ・アルバムということでしょう。録音は1981年6月、ドイツのルドウィグスブルグにあるトンスタジオ・バウアーです。いかにもECMですね。

 アルバムのタイトルは「ザ・グレート・プリテンダー」です。「オンリー・ユー」で大成功を収めたプラターズがそれをフォローするために1955年に発表した楽曲で見事に全米1位に輝いた名曲です。フレディー・マーキュリーも後にカバーしています。

 本作品ではタイトル曲に続けて同じく1950年代に大ヒットした子ども向けTV番組の曲「イッツ・ハウディ・ドゥーディー・タイム」、「ゴッド・ブレス・アメリカ」で知られるケイト・スミスの1931年全米1位曲「ホェン・ザ・ムーン・カムズ・オーヴァー・マウンテン」と続きます。

 ジャズ・ミュージシャンは好んでスタンダードを演奏するものですが、この選曲は通常のスタンダードからは外れています。ボウイの射程は通常のジャズ奏者に比べると随分と広いことが分かります。アメリカの大衆文化全体を視野に入れています。

 本作品は基本的にはカルテットによる演奏です。ドラムは草創期のAECに参加した後、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドに移り、この後もボウイと活動をともにするフィリップ・ウィルソン、ピアノはロニー・リストン・スミスの弟ドナルド・スミス。

 そしてベースはフィリップのカルテットにいたフレッド・ウィリアムスです。しかし、17分近い演奏となる「ザ・グレート・プリテンダー」だけはワールド・サキソフォン・カルテットのバリトン奏者ハミエット・ブリュイエット、ボーカルにフォンテラ・バスとデヴィッド・ピーソンが参加しています。

 この曲はやはり際立っています。あのいかにも1950年代アメリカ的なポピュラー音楽ど真ん中の甘いメロディーを、アヴァンギャルドなボウイが見事に料理しています。猥雑で生き生きしていながら、流されていかずに踏みとどまるところがかっこいいです。

 二人のソウル歌手やバリトン・サックスも彩をそえて、17分をまったく長く感じません。ボウイらしさが詰まっています。続く二曲は短いのですが、同様にボウイ流のジャズにしっかりとなっていて大変に楽しい演奏です。

 B面は一転してオリジナルが3曲です。これがまたA面の雰囲気をそのままにポピュラー音楽をジャズに取り込んだような面白い曲ばかりです。とくに「リオス・ネグロス」なんてラテンの香り豊かなソウル・ミュージックです。むんむんとした瘴気が漂います。

 最後の曲は作曲クレジットにプロデューサーのマンフレッド・アイヒャーとエンジニアのマーティン・ウィーランドまで名を連ねています。即興なのでしょう、タイトル通り幽霊が歌うような面白い曲です。前衛的ながら大衆の猥雑さがてんこ盛りのボウイらしいアルバムです。

The Great Pretender / Lester Bowie (1981 ECM)