アーノルド・シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」は現代音楽における重要人物の一人シェーンベルクの無調時代の傑作と呼ばれています。彼は12音技法で有名ですが、それは後年のことで、この曲にはその技法は用いられていないということです。

 無調というところが当時のクラシック界には衝撃を与えたそうですが、そもそも調性とは何なのかが今一つ分かっていない私にはまるで馬の耳に念仏です。それにこれが無調であるとしてそれの何がいけないのかさっぱり分かりません。

 さらに言えば、この歌曲はドイツ語で歌われているために、何を歌っているのかは訳詞を読んで大意を汲むだけとなってしまっています。ほとんど曲名だけという状態です。そのような状態ですから、手足を縛られて鑑賞しているようなものです。

 しかし、それでも私はこの曲が大好きです。ドイツ語の響きがかっこいいですし、曲の連れてくるホラー映画的な緊迫感がたまりません。若い頃から愛聴しているので、それぞれの曲が馴染み深いですし、全21曲もあるのでポピュラー音楽的に楽しいです。

 ピエール・ブーレーズによる「月に憑かれたピエロ」は何作かありますが、これは1997年9月にパリのフランス国立音響音楽研究所IRCAMで録音されたバージョンです。この時、ブーレーズは72歳、すでにIRCAM所長を退任してフリーで活動していた頃です。

 歌手はクリスティーネ・シェーファーです。シェーファーはドイツのフランクフルトに生まれ、ベルリン芸術大学を卒業後、1992年に27歳でインスブルック歌劇場にデビューしています。ということは本作品は彼女がデビューしてそれほど間を置かずに制作されたことになります。

 彼女はこの2年後に「月に憑かれたピエロ」をベースにした映像作品「ワン・ナイト、ワン・ライフ」で主演を務めることになりますから、この曲への並々ならぬ情熱が分かるというものです。作品世界を見事に描写したエキセントリックな映像が凄いです。

 シェーファーのボーカルは妖しいは妖しいのですが、どちらかといえば柔らかいチャーミングな声です。ホラー映画であるとしても、表現主義時代の作品とは異なり、モダン・ホラーのイメージです。サイバー・パンク的といってもいいかもしれません。

 演奏しているのはアンサンブル・アンテルコンタンポランです。ブーレーズが創設したアンサンブルで、オーケストラよりも柔軟性が高めることがアイデアとしてあったそうです。現代音楽に特化するとそういう形態の方がよほど適合するのでしょうね。

 この演奏がまたシェーファーの歌声にぴったりな柔らかめのアンサンブルで彼女を盛り立てます。ジャケット写真のブーレーズの晴れやかな表情がこの作品の成功を物語っているようです。私はこのバージョンも大好きです。

 なお、本作品にはシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」への助走とも言われる「心のしげみ」、後に物議をかもす「ナポレオン・ボナパルトへの頌歌」も合わせて収められています。後者はデヴィッド・ピットマン・ジェニングスのテノールで、シェーファーではないので念のため。

Schoenberg : Pierrot Lunaire / Pierre Boulez (1998 Deutsche Grammophon)