ビシはロンドン生まれのベンガル系UKエイジアンです。彼女は「歌手、エレクトロニック・ロック・シタール奏者、作曲家、プロデューサー、パフォーマー」としてマルチな活躍を続けるパワフルなアーティストで、女性の地位向上にも熱心な人です。

 彼女の母親はベンガル地方の声楽家だったそうで、その影響もあってビシは幼少の頃からインド古典声楽の英才教育を受けていました。一方、UK在住でもあり、西洋古典音楽の教育も受けていました。UKエイジアンとして双方の伝統を身につけたわけです。

 彼女はさらにピアノやギター、ベース、シタールにハルモニウムとこれまた西洋と東洋両方の楽器演奏を学んでいきます。こうして身につけた素養を背景に、彼女が飛び込んだのがロンドンのクラブ・シーンです。そこで彼女が知己を得たのがミンティのメンバーでした。

 ミンティはエレクトロ・パンク・ユニットでリー・バウリーなる伝説のパフォーマンス・アーティストが参加していたことで有名です。ここが糸口となり、ビシは豪奢なサリーを身にまとい、エキセントリックなクラブ・イベントでDJ&シンガーとして頭角を現すに至ります。

 DJとして腕を磨く一方で、ラヴィ・シャンカールの高弟ガウラヴ・マズンダールの元でシタールを学び直した彼女は、満を持して楽曲を自作し、ソロ・アルバムの制作に取り掛かります。その結果、出来上がったのが本作品「夜ごとのサーカス」です。

 プロデューサーにはミンティのメンバーの一人、マシュー・ハーダーンが当たっています。マシューはほとんどの曲で作曲クレジットをビシと分かち合っている他、プログラミングを担当しており、アルバム制作にあたって大きな役割を果たしています。

 秀逸なジャケットのアートワークはまるでグレース・ジョーンズを思わせる迫力がありますから、どんなにどすの利いた声かと思いましたが、インドの声楽を学んだことが素直に了解できるとても美しい声です。ケイト・ブッシュ系の綺麗な伸びやかな声です。

 彼女が手にしている楽器はシタールからピアノ、ウクレレにハルモニウム、メロディカなど多彩です。インドっぽさが漂うのはやはりパーカッション類でこちらはゲストであるサンディープやユスフ・アリ・カーンによるタブラが素敵です。インドの風が吹いてきます。

 こうしたインドの楽器のみならず、ゲスト・ミュージシャンはギターは元より、ハープやマンドリン、フルートにアコーディオンといった多彩な楽器を使っています。アコースティックな楽器の響きを活かしつつも基本はクラブ・ミュージックらしいエレクトロニクスです。

 坂本麻里子さんのライナーにある通り、ビシは「伝統と前衛、ポップと古典音楽、デジタルとアナログ、フェミニンとマスキュリンなど、一見対立しがちな要素を難なく溶かして飲みこんでいこうとする器の大きいアーティスト」です。この多彩なサウンドがそれを物語ります。

 ビシは、現在、音楽業界におけるインクルーシヴネス、そしてテクノロジーにおけるジェンダー平等の熱心な提唱者として精力的な活動を続けています。キャリアの最初から続くぶれない姿勢はこのアルバムの前向きな力強さにも表れています。

Nights At The Circus / Bishi (2007 Gryphon)