1980年代後半頃のワールド・ミュージック・ブームは世界中に素晴らしい音楽があることを知らしめてくれました。その後は特にワールド・ミュージックと呼ばずとも、さまざまな国の音楽がコンスタントに届けられるようになりました。まだまだ漏れはあると思いますが。

 サリフ・ケイタは1987年の「ソロ」で世界の度肝を抜いた後、コンスタントに質の高いアルバムを発表しています。サリフの音楽はもはや世界的に高い評価が定着しており、スーパースターの地位にあるといってもおかしくありません。

 本作品はサリフの8枚目のアルバム「ムベンバ」です。サリフは2002年の前作「モフー」でアコースティックなサウンドを求められ、当初は難色を示したものの、果敢にこれに挑戦し、またまた高い評価を受けています。マリの伝統サウンドへの回帰でもあったでしょう。

 「モフー」に続く本作品も基本的にはアコースティックなサウンドを追及しています。しかも、前作がパリで録音されていたのに対し、この作品はサリフの母国であるマリの首都バマコに建設したサリフの新しいスタジオでの録音です。

 サリフは1970年代末には軍事政権下のマリを離れ、隣国のコートジボワールに活動拠点を移しており、その後はさらにパリで活動するようになっていました。この頃にはマリの政情も落ち着いたことから、マリへの帰国も困難なく進められたようです。

 さらに、本作品ではサリフがかつて在籍して、西アフリカ全域で人気を博したアンバサデュールのギタリスト、カンテ・マンフィーラと再び共演しています。カンフィーラにサリフ自身も加えたアコースティック・ギターのサウンドは本作品の大きな魅力です。

 注目すべきはタイトル曲「ムベンバ」です。これはサリフの先祖である古代マリ帝国の英雄スンジャータ・ケイタを称える歌です。この曲にはマリの至宝ともいえるコラ奏者トゥマニ・ジャバテが参加しており、否応なくマリを意識させる曲になっています。

 さらにこの曲の女性コーラス隊はサリフの姉妹たちで、サリフの里帰りを寿いでいます。9分近くある大曲ですけれども、構成の妙もあって一気に聴けてしまいます。マリ万歳というところでしょうか、コラの音色も美しい見事な曲です。

 本作品ではほとんど電気を使った楽器は含まれていません。唯一ありそうなのはベースで、これは世界中の音楽に精通したミシェル・アリボが担当しています。エレクトリック・ベースかも分かりませんが、いずれにせよベースはアコースティックを邪魔しませんよね。

 そして何といってもサリフのボーカルです。「ソロ」の頃のアグレッシブなボーカルに比べると円熟味が増したというのか、とにかく大きくて深いです。世界を包み込むようなしなやかなボーカルです。女性コーラス隊との掛け合いがさらに彩りを加えています。

 ミニマルに刻まれるリズムがアフリカンに躍動し、スケールの大きな歌唱はさらに複雑なリズムを内包してその躍動をさらに生き生きとしたものにしています。サリフの歌はサウンド全体と一体化して見事な効果をあげています。これは傑作です。

M'Bemba / Salif Keita (2005 Universal)