キンクス初のロック・オペラ作品です。発表は1969年、ロック・オペラの代名詞ともいえるザ・フーの「トミー」と同じ年の発表です。キンクスが真似したというわけではなく、この頃はこぞってみんなが同じようなアイデアに挑戦していた時期です。

 それにしても、ロックがまだ若者の音楽だった時代です。何なら30代ですら眼中になかった時代に、悩める若者を主人公にするのではなく、冴えない中年男性を題材にするというのはまさにレイ・デイヴィスの世界ならではです。

 それにはからくりがあり、本作品は英国のグラナダ・テレビのミュージカル・ドラマのサントラになる予定でした。テレビは中高年を対象にするものですから、テレビ番組ならば納得できます。そこにキンクスを持ってくるのも英断ではあります。

 脚本は劇作家のジュリアン・ミッチェルとレイ・デイヴィスが書いています。結局、テレビドラマは準備万端整えていたにも係わらず予算が用意されていないことが判明し制作されることはありませんでしたから、このアルバムの歌詞だけがその脚本を想像させるのみです。

 お話はごく平均的な労働者階級出身のアーサー・モーガン一家にまつわるものです。アーサーはシャングリラというロンドン近郊の地に妻のローズとともに住んでいます。彼には第一次大戦で命を落とした兄がおり、同じ名前の息子は朝鮮戦争で亡くなっています。

 もう一人の息子デレクは妻リズと子どもたちを連れてオーストラリアへの移住を決意します。そんなどこにでもある家族の特に何も起こらないお話を大英帝国の衰退に重ね合わせて描き出したのがこの作品「アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡」です。

 お話のモデルとなったのはレイの姉ローズとその夫アーサーです。全くの想像上のお話というわけではなく、当時のイギリス人にとっては切実に迫ってくるものがあったんでしょうね。ザ・フーの「トミー」とはまるで異なるアプローチです。

 実は私が初めて買ったキンクスのアルバムはこの作品でした。まだ学生時代でしたから、このまるでロックらしからぬお話はぴんと来ませんでしたが、今となってはストーリーに共感するところが大きいです。長生きする作品であることは間違いありません。

 前作発表後にキンクスからはベースのピート・クウェイフが脱退し、ジョン・ダルトンが再加入しました。そんなメンバー交代はありましたけれども、本作品のサウンドは充実しています。ブラスとストリングスを効果的に使いつつもロックンロールへの回帰も果たしています。

 キンクスらしい、ロック以前のイギリスのポピュラー音楽の香りを漂わせたサウンドは、イギリスの昭和時代を描き出すのにこの上なくぴったりです。冒頭の軽快なロック曲「ヴィクトリア」と最後の流れるようなメロディーのタイトル曲なんてかっこいいことこの上ありません。

 庶民の歴史を意識して描いた作品ではありますが、その物語を全く無視したとしてもこのアルバムの素晴らしさは変わりません。どこか郷愁を誘うサウンドは不思議と時代を感じさせません。唯一無二のキンクス節はどこまでも新鮮です。

Arthur Or The Decline And Fall Of The British Empire / The Kinks (1969 Pye)