大滝詠一の「ア・ロング・バケイション」は日本のシティ・ポップの金字塔のような作品です。当時の呼称であるニューミュージックやその後のJポップに分類するのもどこか違和感のある都会の音楽、世界的に再評価されているシティ・ポップという言葉が似あいます。

 この作品は1981年3月に発売されて以降、演歌のようにじわじわ売れて80週以上もチャートインした大人気作品で、発売から20周年、30周年、40周年とそれぞれ記念盤が発売され、そのいずれもが売れ続けているという恐るべき作品です。

 大滝は日本のロックの草創期を担ったはっぴいえんどのメンバーでしたが、いわば業界の裏方にまわっており、この頃まではCMやらプロデュースやら何やらの仕事ばかりしていました。本作直前の3年間は「意味のない、一般の人に分かりにくいことばかりやってい」ました。

 それがこの作品でまるで地平が変わるのですから面白いです。大滝関連作品のチャート入りは本作品にも収録されている「さらばシベリア鉄道」を太田裕美が歌ったバージョンが初だそうです。「木綿のハンカチーフ」に状況が似ているからという理由で提供したそうな。

 それが本作品のあとは3年以上にわたり大滝が関与した作品がチャートから途切れることがなくなりました。松田聖子への曲提供などもあり、大滝はオーバーグラウンドの仕事ばかりやることになりました。そもそもこの人がアングラというの変ではありますが。

 「ア・ロング・バケイション」、通称「ロンバケ」では、大滝が作曲とボーカル、はっぴいえんど仲間の松本隆が作詞、エンジニアに吉田美奈子のお兄さん吉田保、ジャケットのイラストに永井博と制作チームそれぞれが大きな役割を果たしています。

 ロンバケと言えば、まずジャケットの永井のイラスト、そして大滝と吉田が作り出す音の質感を真っ先に思い浮かべます。それほど作品としての強度が高い。ここに豪華なミュージシャンが参加しているわけですから史上に残る名盤と呼ばれるのも頷けます。

 アルバムはフィル・スペクター・サウンドを自分のものにできたと大滝自身も感動したという「君は天然色」で始まります。歌手須藤薫への提供曲として作られましたが、女性歌手向きでないと没になったそうで、大滝は没になったことに感謝しています。

 確かにウォール・オブ・サウンドではありますが、雰囲気としてはビーチボーイズを感じます。当時の邦楽にはなかった時代を画すサウンドでした。そこがニューミュージックと呼ぶことを躊躇させる最大の要因です。かっこいいサウンドなんですよ。

 こうしたそれまで日本にはなかった、まさにプロのサウンドに大滝のしゅっとしたボーカルを加えたアルバムは当時の日本において際立っていました。長い時間をかけて売れていったのも消化に時間がかかったからです。

 ミュージシャンというよりも職業音楽家であった大滝がその力を注いで制作したアルバムです。当時、パンクに傾倒していた私には世界が違いましたけれども、歳をとるにしたがってその真価が分かってきました。恐らくは50周年記念盤も発売されることでしょう。

A Long Vacation / Eiichi Ohtaki (1981 Niagara)