今ではすっかり忘れられていますが、倉木麻衣のレコード・デビューは米国でした。1999年10月に米国のインディペンデント・レーベル、BiP!からシングル「ベイビー・アイ・ライク」が発売されています。日本でのデビューに先立つこと2か月です。

 プロデューサーはKaonjiとされていますが、これは彼女の育ての親とも言える長門大幸のことです。倉木麻衣チームの周到な戦略による全米デビューです。この頃、倉木はまだ高校生で夏休みを利用してボストンで録音したといいます。

 米国は世界最大のエンタメ市場ですし、世界に与える影響力が大きいので、エンタメ・プロデューサーとしては米国進出は夢であり、一度はやってみたいと誰しも思うことなのでしょう。とはいえ、米国市場も所詮はローカル、米国で受けたからよいってものではありません。

 それはともかくこのデビューは商業的には報われませんでした。しかも、歌詞がかなりエロチックだとして17歳の子どもに歌わせるのはどうかとプチ炎上した模様です。日本なら何の問題もなさそうな歌詞ですけれども、欧米社会はこういう点に厳格です。

 本作品はその米国デビュー曲を含む倉木麻衣の米国での初アルバムです。この後、米国でアルバムを発表していませんから、今のところ最初で最後のアルバムです。デビュー・シングルの不完全燃焼へのリベンジの意味合いもあったのでしょう。

 発表は2002年ですから、すでに日本で十分に人気を獲得した後、2枚目の「パーフェクト・クライム」と3枚目の「フェアリー・テイル」の間に位置します。内外逆転しているのですが、凱旋帰国的な位置づけのアルバムともいえます。

 アルバムにはデビュー曲、「ベイビー・アイ・ライク」とカップリング曲2曲、うち1曲はリミックスを収録している他に、日本で大ヒットした「ラヴ・デイ・アフター・トゥモロウ」、「ステイ・バイ・マイ・サイド」、「シークレット・オブ・マイ・ハート」のほぼミリオン三曲などが収録されています。

 日本でのヒット曲はそのほとんどが歌詞を英語にした上に演奏も異なるアレンジがなされています。さらに「ベイビー・アイ・ライク」はリミックス版も収録されるなど、単なる編集盤ではなく、アルバムとしてのまとまりを意識した丁寧な作品です。

 サウンドを支えているのはボストンのサイバーサウンドの面々が中心です。米国デビュー曲もサウンドは彼らがてがけていましたし、日本でヒットしたアルバムもこの頃までは彼らが担当していましたからごく自然な流れで、洋楽テイストも共通しています。

 もう一人忘れてならないのはデビュー曲を作ったヨーコ・ブラックストーンで、アルバムでも一部の曲は彼女がトラックを作り上げるなど大きな役割を果たしています。これもまた日本での作品と共通です。ますます凱旋盤的な意味合いが大きくなりました。

 残念ながら米国市場を動かすには至りませんでしたけれども、初期の倉木麻衣のヒップホップとR&Bテイストのサウンドを堪能できるいいアルバムだと思います。ただし、やはり彼女は自分の歌詞を日本語で歌う方がよいかなと再確認してしまいますが。

Secret of my Heart / Mai. K (2002 Bip!)