デヴィッド・シルヴィアンのアルバム「ブレミッシュ」にデレク・ベイリーが参加していることを知った時には驚きました。ボーカリストのデヴィッドと完全即興ギタリストのベイリーが共演する。どのようなサウンドになるのか皆目見当がつきませんでした。

 しかし、さすがは偉大なミュージシャン同士、出来上がったサウンドはとてつもなく素晴らしいものでした。二人はサウンドを通して語り合い、お互いを刺激し合いながら、凛とした美しいサウンドを作り上げたのでした。想像をはるかに越えていました。

 ただし、二人は共演したわけではありません。デヴィッドがベイリーに「ヴォーカリストとして挑戦できる演奏を提供してください」と電話でお願いし、ベイリーはそれに応えて約1時間のソロ・セッションを録音して送り返したという事情です。

 ベイリーがソロを録音したのは2003年2月18日のことです。ベイリーはロンドンのモート・スタジオに入り、アコースティック・ギターとエレキ・ギターによるパフォーマンスを行いました。本アルバムはそのパフォーマンスの大半を収録した作品です。

 その時に録音されたトラックのうち3曲は「ブレミッシュ」に使われており、本作品にはそのうちの1曲のみが収録されています。となると残りの7曲は一応アウトテイクということになります。しかし、それは「ブレミッシュ」目線のアウトテイク、ここでは関係ありません。

 デヴィッドはこの素晴らしい演奏をいつかリリースしたいと考え、ベイリーに意見を聞いてみようと思っていたそうです。そして、時間が出来てこの録音を聴き直し始めた時にはすでにベイリーの命は長くありませんでした。2005年12月にベイリーはこの世を去りました。

 結果的にこれがベイリー最後のスタジオ録音になっており、そのことでリリースの価値が高まったこともあったでしょうが、そんなことよりもこのセッションの素晴らしさだけで十分に価値があるのだとデヴィッドは語っています。まったく同感です。

 ここでのベイリーは完全に一人ですけれども、デヴィッドのボーカルのために演奏しています。そこが同じ完全即興でもこの作品をユニークなものにしています。硬質なサウンドではありますが、かなりメロディアスでもあり、音の密度が高い印象です。

 思えば、ベイリーは舞踊家田中泯との異種格闘技戦なども行っており、時間や場所、環境、居合わせた人々との交感を演奏に反映させていく人です。彼の即興演奏は一つとして同じものがないのは全く同じ状況がないからでしょう。万物は流転するのです。

 デヴィッドは「ブレミッシュ」において、この演奏を編集するのではなく、そのままの姿を相手にボーカルを入れています。ライナーノーツで大友良英は「ベイリーの領域とともに自分自身の歌を歌おうとする姿勢が素晴らしかった」と書いています。全くおっしゃる通りです。

 それにしてもここでのベイリーの饒舌とも言える演奏は本当に素晴らしいです。曲の間に時々入る♪アイル・トライ・エレクトリック♪といったベイリーのぶっきらぼうな語りがアルバムをまた特別にしています。ここはデヴィッドの愛と尊敬のなせるわざでしょう。

To Play (The Blemish Sessions) / Derek Bailey (2006 Samadhisound)