三顧の礼ならぬ4年にもわたるラブコールに応えて、ようやくウェイン・ショーターがマイルス・デイヴィスのクインテットに参加することになりました。1960年代を代表するマイルス・デイヴィス・セカンド・グレイト・クインテットの誕生です。

 日本から戻ったマイルスのもとにウェインがジャズ・メッセンジャーズを病めたという知らせが入ってくると、ウェインには「オレ達全員からバンドへの参加を求める電話が殺到したはず」です。しかもマイルスはウェインにファースト・クラスのチケットを送ったそうです。

 それほど待望久しかったというわけです。そうなるとサム・リバースの立場はありません。もともと合わなかったようですからそれはそれでみんなハッピーなのでしょうが、リバースにしてみれば気分が良いわけはないと思います。アーティストは非情です。

 このアルバムは1964年9月25日にベルリンのフィルハーモニックホールで行われたライヴを記録した作品です。日本公演が録音されたのが同年7月14日ですから、ウェインが加入したのはライヴのほんの少し前のことだということになります。

 できたてほやほやのクインテットではありますが、待望久しかったわけですから、最初からエンジン全開です。期待外れに終わるというケースもある状況ですが、さすがにマイルスです。マイルスが思い描いた当時最高の布陣を揃えた喜びに満ちています。

 ウェインは作曲能力も極めて高く評価される人ですけれども、まだクインテットに入りたてということもあって、ここではスタンダードとマイルス・クラシックスばかりが演奏されています。外国での演奏ですから、お客が聴きたがっている曲をやるサービス精神もあったでしょう。

 アルバムは「マイルストーン」で始まります。いきなり速いテンポで突っ走ります。クインテット歴が長くなったにもかかわらずまだ18歳のトニー・ウィリアムスのシンバルさばきがかっこいいです。リズム・セクションはますます磨きがかかり、マイルスも吹きまくります。

 曲はその後、「枯葉」、「ソー・ホワット」、CD化に際して追加された「ステラ・バイ・スターライト」、そして「ウォーキン」と続きます。見事に有名曲ばかりです。ベルリンの観客は喜んだことでしょう。しかもフリー・ジャズ全盛期にあって詩情あふれるクインテットの演奏です。

 マイルスは、「面白かったのは、何度もライヴ・レコーディングした同じ曲のテンポがどんどん早くなっていったことだ」と語っており、そうすることで、「古い曲を、レコーディングしたばかりの新しい曲みたいに新鮮にする方法を見つけ出した」と自賛しています。

 新クインテット初期ですから、そこまで早くはありませんが、それでも片鱗が垣間見えます。フリー・ジャズに走るのではなく、ハミングできる曲を新鮮に演奏するすべを見つけ出そうとするマイルスの決意は新たなクインテットと共に新たな局面を迎えたということでしょう。

 なお、ウェイン・ショーターといえばソプラノ・サックスを思い浮かべてしまいますが、マイルスのクインテットではまずはテナーを吹いています。ハービー・ハンコックといい、ウェインといいマイルス・クインテット時代の演奏はなかなかに興味深いものがあります。
 
参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Miles In Berlin / Miles Davis (1965 CBS)