1983年4月にミュンヘンで録音されたマルタ・アルゲリッチのシューマンです。曲は「子供の情景」と「クライスレリアーナ」の2曲です。このアルバムは傑作の誉れ高く、とても人気の高い作品のようです。大変多くの人が賛辞を寄せています。

 バランスがあるので、LPでは「クライスレリアーナ」がA面全部とB面の頭に置かれ、「子供の情景」がそれに続いていますが、CDでは「子供の情景」が先に来ます。最大限に自然な流れで届けたいというドイツ・グラモフォンの計らいです。

 大たいピアノというものは録音の仕方によってかなり音が変わります。この作品でのアルゲリッチのピアノなんて、バッハ作品集のアルゲリッチの音とかなり違います。オーケストラもそうですが、生楽器の音をどのように収録するか、エンジニアの方は悩ましいことでしょう。

 スタジオでサウンドを作っていくポピュラー音楽に慣れた身としては、クラシック作品の録音のばらつきには結構驚かされます。そんな中でもやはり名盤とされているものはしっかりと録音されているように思います。本作品も軽やかなアルゲリッチが堪能できます。

 アルゲリッチは「直に何かを感じるのはシューマンね。私の心の奥にじかに触れてくる感情、魂の動き」と語っています。しかも「すごく自然に突然現れる」。シューマン作品にインスピレーションを掻き立てられる様子が伺えます(「アルゲリッチとポリーニ」)。

 またこうも言います。「解釈というのは無意識に理解していることを解放しようとすることだと思います」。「そこにあることを知らない何か、予想していない驚きを演奏の中で解き放つことが出来たとしたならば、それこそが本当に意味のあることです」。

 この発言をつなげると、この作品の意味合いが分かってきます。シューマンの「子供の情景」と「クライスレリアーナ」を弾くことを通して、アルゲリッチはシューマン作品の裡に秘めた何かを解き放とうとしているのだということです。聴き手が試されるところです。

 こういう時にクラシック作品ではその何かを作曲者に見出そうとすることが多いように思います。シューマンの作曲時の心情や曲に込めた想い、自分でも理解していない何か、楽譜に折りたたまれたシューマンその人の人生に思いを馳せていく。勉強が必要です。

 しかし、ポピュラー音楽側の人間としては、作曲者ではなく断然演奏者を探していきます。シューマンの意図がどうであれ、その作品を素材にして表現行為をしているのはアルゲリッチです。「作品に漲る爽やかな詩情や濃密な情熱」もアルゲリッチのものです。

 「子供の情景」の中でも最も有名な曲「トロイメライ」は随分ゆったりしていますし、「クラスレリアーナ」はかなり派手なタッチで始まります。子供と幻想、二つの曲を重厚でありながら、繊細なサウンドで構築していく様には圧倒されます。

 何が解放されたのか、言葉にはできませんけれども、何かが飛び出してきたような気はします。このピアノを流していると背筋が伸びてくるように思います。アルゲリッチ42歳、円熟の極みにある演奏なのでしょう。ボックスセットを買ってよかったです。
 
Shumann : Kinderszenen, Kreisleriana / Martha Argerich (1984 Deutsche Grammophon)