「この素晴らしき世界」は戦争のない平和な世界を祈念して作られました。時は1967年、アメリカはベトナム戦争の最中でした。自国の犠牲もさることながら、よその国に出かけて行っての余計な戦争ですから、米国国内の悩みは深かったものと思います。

 その想いはこの曲のリバイバル・ヒットに引き継がれます。1988年に制作されたロビン・ウィリアムス主演の映画「グッドモーニング・ベトナム」での起用です。この時にもヒットチャートを32位まで駆け上がります。当時ですら20年以上前の曲ですから快挙です。

 歌っているのはルイ・アームストロング、サッチモです。彼の歌唱があってこその大ヒットです。もはやスタンダードと化していますが、誰が歌ってもサッチモを意識せざるを得ない。それほどこの曲とサッチモが深く結びついています。

 この曲が録音されたのは1967年8月のことで、サッチモは66歳でした。彼は69歳で亡くなってしまいますから晩年の録音といえます。とはいえ、昨今のロックやジャズの事情に鑑みると、66歳などまだまだ若い。もっと長生きしてほしかったところです。

 作曲したのはプロデューサーのボブ・シールとジョージ・デヴィッド・ワイスの二人で、シールはさっそくサッチモと彼のオールスターズ及びストリングスを加えてこの曲を含む4曲を録音します。「この素晴らしき世界」は「キャバレー」とのカップリングでシングル発売されました。

 米国ではさほど注目されませんでしたが、英国ではこの曲がビートルズを押さえて1位となり、数か月以上にわたってチャートインするロングセラーとなりました。これが米国に逆流して徐々に注目を浴びるようになると、シールはLP制作を企画します。

 そこで、1968年7月にラス・ヴェガスで公演中のサッチモご一行を訪ね、その地で急きょ7曲を録音します。こうして以前の4曲を加えた全11曲のアルバムが完成しました。オリジナル・アルバムとしてはこの後に2枚を残すのみの最晩年の作品です。

 そんな録音の経緯もあり、約半数がオーケストラを交えた曲、残りの半分がアームストロング・オールスターズのコンボ演奏です。一応、前者がポップス的で、後者がジャズ的ではありますが、この人の場合はそんな区別などまるで意味がなさそうです。

 トレードマークである優しいだみ声で、リズムが取れなくなるぎりぎりまでためを作るボーカルの妙味を聴かせるサッチモです。ライザ・ミネリでお馴染みの「キャバレー」などもまるで彼がオリジナルであるかのように聴こえます。何から何までサッチモ節です。

 オールスターズの演奏も味わい深いです。後にポール・サイモンやロバータ・フラックなどのアルバムを飾るグレイディー・テイトなどの達者な面々による演奏はきらりと光ります。ジャズの楽しさが満載されており、日々の生活に潤いを与えてくれます。

 ビバップやフリー・ジャズもいいですが、こうしたポップ寄りのジャズも捨てがたいです。さすがにジャズの大巨人、ルイ・アームストロングは何をやらせても大きい。器の大きさ、懐の深さを感じます。稀代の名曲に永遠の命を吹き込む手腕は見事なものです。

What A Wonderful World / Louis Armstrong (1968 ABC)