ノイ!、ハルモニアという1970年代のジャーマン・プログレッシブ・ロックを代表するバンドを牽引したミヒャエル・ローターによる16年ぶりのスタジオ・アルバムが届きました。「ドリーミング」と題されたアルバムはソロ作品としてはちょうど10枚目となります。

 本作品の制作のきっかけとなったのはコロナ禍でのロックダウンです。コンサートはすべてキャンセルとなり、ローターは所属レーベルであるグリーンランド・レコードとソロ作品のボックス・セットの話を進めると同時に本作品の制作を思いつきました。

 ところで、この作品の音源は1997年にまで遡ります。ローターは、パートナーが不在の間、ハンブルグにある彼女の家に機材をセッティングしてさまざまなサウンドのアイデアを録りためていきました。ある晩友人のトーマス・ベックマンに会うと二人してバーに向かいます。

 自身の音源にボーカルが欲しいと思っていたローターはそこで歌っていたソフィー・ジョイナーの声にほれ込みます。その場でレコーディングのオファーをすると、当初は胡散臭いと警戒していた彼女もノイ!を知っていた友達の勧めでこれを受け入れました。

 そこで録音された音源は、やがて2004年の作品「リメンバー」に結実することになりました。しかし、彼が録りためていたアイデアは75個もありましたし、ジョイナーのボーカルを録音した音源もまだまだ沢山残っておりました。

 やがてそこに立ち返る日が来るだろうという確信していたローターにその時がきました。それがロックダウンです。もう一度、ジョイナーのボーカル音源を聴き直したローターは「その声にもう一度惚れてしまったんだ」と語っています。

 前作の制作時にはあまりギターに興味を持てなかったそうですが、今回は新たにギターを録音したりして、すでに録音されていた音源に人間の即興的な要素や不正確なタッチを追加していきます。そうして出来上がったのが本作品ということになります。

 ジャケットにはローター家の家族写真が使われています。この子どもがミヒャエルでしょう。場所はパキスタンでしょうか。ローター家はミヒャエルの幼少時にパキスタンでしばらく生活していました。パキスタン音楽の影響は本作の「ラヴリー・メス」などに現れています。

 本作品ではベックマンによるエレクトロビートが追加されているのみで、すべてはジョイナーのボーカルとローターによるギターやエレクトロニクスによるサウンドとなっています。とても穏やかでありながら、時世を反映して不穏なムードも合わせもつサウンドは素晴らしいです。

 全9曲中7曲で聴かれるジョイナーのボーカルは、まるで押しつけがましくなく、歌うような語るようなごく自然な調子が心の襞に沁み込んできます。昔のローター作品に戻ったかのようなギターの音色ともよく合っており、ソフトでデリケートなアルバムの背骨となっています。

 ジャケット写真のノスタルジーもコロナ禍でのロックダウンによってもたらされた突然の孤立を増幅するように思います。このアルバムはまさにそうした状況で生まれるべくして生まれた作品です。美しく儚いサウンドが失ったものを弔い、明日への癒しとなることでしょう。
 
Dreaming / Michael Rother (2020 Gröenland )