ヤードバーズでブレイクし、ブルースブレイカーズを経てスーパーグループ、クリームを起こし、さらにブラインド・フェイス、そして名曲「いとしのレイラ」を生んだデレク&ザ・ドミノスで活躍した後、薬物中毒で隠遁状態に陥り、ようやく本作品でソロとして再出発した男。

 もちろんその名はエリック・クラプトン、本作「461オーシャン・ブールヴァード」に至る来歴をおさらいしてみました。凄いキャリアですけれども、一番驚かされるのはこのアルバムを発表した時、クラプトンはまだ29歳です。20代ですよ。昔はロックは若かったとしみじみ思います。

 スタジオ録音としては「いとしのレイラ」以来ほぼ4年ぶりとなる本作品は全米1位に輝き、クラプトンのソロとしてのキャリアを決定づけました。最初にご紹介した凄いキャリアが前史に過ぎないというところにクラプトンの凄さが現れています。

 クラプトンはデレク&ザ・ドミノスが消滅した後、しばらく表舞台から姿を消します。そんなクラプトンのカムバックを促そうとザ・フーのピート・タウンゼントが企画したのが1973年の「レインボー・コンサート」で、これによってようやくクラプトンはシーンに復活いたしました。

 この作品はそのカムバックを高らかに宣言するアルバムです。プロデューサーにはクリームやデレク&ザ・ドミノスを手掛けたトム・ダウドが迎えられ、マイアミのクライテリア・スタジオには第一期エリック・クラプトン・バンドが集められました。

 同バンドは、ファースト・ソロ以来の付き合いになるベースのカール・レイドル、彼の人脈からドラムのジェイミー・オールデイカー、キーボードのディック・シムズ、ダウドが連れてきたギターのジョージ・テリー、ボーカルにイヴォンヌ・エリマンを中心とする布陣です。

 いかにも復帰作らしく、クラプトンはスタジオ入りする際にほとんど曲を用意しておらず、スタジオでジャム・セッションを繰り返す中で曲が出来上がっていったとのことです。リハビリとしては最高のやり方ではないでしょうか。徐々に盛り上がっていく様が見えるようです。

 本作品での話題は何といっても「アイ・ショット・ザ・シェリフ」の全米1位ヒットです。この頃はまだ知る人ぞ知る存在だったレゲエとボブ・マーリーの名を一躍世界に知らしめた出来事でした。まるでポリスの曲のように聴こえますが、もちろんこちらが先です。

 曲をあまり用意していなかったことから、カバー曲が多めです。ジョニー・オーティスやロバート・ジョンソン、エルモア・ジェイムズ、さらにはトラディショナルと自身のルーツに立ち返ったような選曲が目立ちます。それを嬉々として演奏するクラプトン・バンド。

 眩しい太陽に椰子の木というジャケットの雰囲気とは若干そぐわないのですが、ブルースからスワンプ・ロック趣味、そしてレゲエを加えて、クラプトンの独自路線が鮮明になってきたような気がします。ボーカルとギターを対等に駆使してレイド・バックしたサウンドを聴かせます。

 オリジナル曲の中では、私は「レット・イット・グロウ」でのメランコリックなギター・サウンドがべたですが大好きです。全体に憑き物が落ちたようにリラックスしつつも気分が高揚していくサウンドが素敵なアルバムの中で地味に輝く曲です。

461 Ocean Boulevard / Eric Clapton (1974 Polydor)