マルタ・アルゲリッチが1974年7月にミュンヘンで録音したショパンのピアノ曲集です。現在は廃盤のようですが、人気の高い作品の模様で、中古市場では初版LPが2万円以上で取引されていました。LPが復権してくるとますます高くなりそうです。

 収録されている曲は、いずれもショパンです。まずは「ピアノ・ソナタ第2番」がアルバムの半分を占めています。このソナタは第三楽章が葬送行進曲ですから、「葬送ソナタ」と呼ばれるショパン作品の中でも最も有名な作品の部類に入ります。

 何でも最初は葬送だけだったところに2年も後で楽章を3つ足したのだそうで、各楽章がまとまっていないと批判されることが多いとのことです。シューマンは、「四人の最も狂気じみた子どもたちが一つ屋根の下に同居している」と美しく表現しています。

 特に第四楽章は無調一歩手前の大胆な作風でみんなの度肝を抜いたそうです。わずか1分半のこの楽章、ショパンもロックしていますね。「子犬のワルツ」のショパンというイメージからは程遠いショパン像も浮かび上がってきます。

 アルゲリッチの演奏はいつも通りシャープなもので、葬送行進曲も過度にお涙頂戴型になるわけではなく、さらりとした感じでとてもいいです。そもそもこの楽曲はあまり葬送向きでもない気がします。これじゃあ葬列も歩きにくいでしょう。

 続いては「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」です。凄い名前ですけれども、アンダンテは「ゆっくり」、スピアナートは「なめらか」といった意味の標語ですし、ポロネーズはポーランドの舞曲という意味ですから、とても説明的な名前だといえます。

 この曲はまず管弦楽伴奏の「華麗なる大ポロネーズ」が最初にできて、後にピアノ・ソロの「アンダンテ・スピアナート」が序曲として付け加えらました。自分の作品を常にアップグレードしようとする大変立派な姿勢であるといえます。

 オーケストラ版、ピアノ2台版、ピアノ・ソロ版などがあり、ここはもちろんピアノ・ソロです。ショパンはお手の物のアルゲリッチですから、ここは美しく華麗な演奏を聴かせてくれます。綺麗な曲ですけれども、余計な抒情を排したしゅっとした演奏がいいです。

 最後の曲は「スケルツォ第2番」です。スケルツォはもともとは軽い小品といった意味合いの言葉だったそうですが、ベートーヴェンが新しい表現形式として確立したために、ちっとも軽くなくなったという来歴をもつ言葉です。

 ショパンが作曲した4曲のスケルツォのうち、この第二番は最も有名な曲で緩急の差が激しいドラマチックな曲です。こういう曲はアルゲリッチもお得意なんでしょうね。まさに快演といえるのでしょう、キラキラしていてとても素晴らしいです。

 もともとショパン・コンクールで一躍名をとどろかせた人だけに、ショパンの曲とは相性がよろしいようで、水を得た魚というかなんというか、大変に気持ちのよい演奏がつまっています。ピアノ演奏のベンチマークとなる作品なのかなと思いました。

Frédéric Chopin / Martha Argerich (1975 Deutsche Grammophon)