ニック・パスカルは「謎多き米国西海岸カルト・シンセサイザー奏者」です。パスカルは本作品を始めとする5作のシンセサイザー・アルバムを矢継ぎ早に発表した後、シンセを元レーサーのスティーヴ・ローチに売却して、表舞台から完全に姿を消してしまいました。

 それだけで十分謎といえば謎ですが、ままありがちな話といえばそうです。しかし、そのパスカルがローリング・ストーンズの「山羊の頭のスープ」にパーカッション奏者として参加しているという事実が、その謎っぷりにアイデンティティーを与えています。パスカル、何者?

 本作品はパスカルが自ら設立したレーベル、ナルコから発表した3作目のアルバムです。彼はニック・レイセヴィックという名前も使っているので、その名義での作品も合わせて数えて3作目です。このレーベルからの5作をもってパスカルの表立った音楽活動は終了です。

 パスカルは本作品ではムーグ・シンセサイザーとドラムを担当しており、他にはオルガンにジプシー・フレミングというアーティストの名前がクレジットされているのみです。このフレミングも実はパスカルのステージ・ネームではないかという疑惑があります。

 それはそれとして、本作品のタイトルは「ザ・シックス・イアー」とされています。6番目の耳はアルバムの最初の曲の題名でもあります。続いて「光の中への旅」、「無意識の星雲」といかにもインナーとアウターの宇宙を感じさせるタイトルの曲が並びます。

 さらに「カルマ」や「カーリーのヴィジョン」、「アナンダマイ」などインドの精神世界を感じる曲名も出てきます。時代はサイケデリック時代、ドラッグ・カルチャー真っただ中です。実際、パスカルの音楽はドラッグに影響を受けすぎていると思われていたようです。

 この作品はドラムやオルガンは入っているものの、全編にわたってアナログ・シンセがいろんな音をだしているアルバムです。そのサウンドは、「ニューエイジ、ミニマル・シンセ、テクノのプロトタイプ・モデル??」とされて再評価されてきています。

 しかし、解説に書かれている音楽家の小川直人氏の分析が腑に落ちます。「商業的に『リスナーに自分の音楽作品を届ける』って意志があまり感じられない。自分の感性がおもむくままに好き勝手に音を造ってるだけって印象」。小川氏はそこに共感しています。

 この頃のドイツのシンセ音楽とは異なり、いわゆる音楽を作ろうという感じはありません。私が近いものを感じるのは鉄腕アトムの歩く音を作った大野松雄の作品です。音響デザインっていう感じ。パスカルはより無邪気に感じがしますけれども。

 本作が埋もれずに残っていたのはこの作品を流しながらSFを読むのがアメリカのSFファンの間で流行ったという事情があるそうです。なるほど、これはSFです。私も実は真っ先に「タイムトンネル」なんかを思い出しました。エド・ウッド作品のサントラにも合いそうです。

 ジャケットもパスカルによるものです。自己の内面の宇宙に向かおうとするパスカルですが、そのサウンドはそうした意図とはうらはらにとても無邪気です。明るいわけではないところがさらにその無邪気さを本気なものにしています。気持ちの良いアルバムです。

The Sixth Ear / Nik Pascal (1972 Narco)