ゆらゆら帝国は1989年に結成して以来、コンスタントに活動を続け、この作品「スイート・スポット」が何と10枚目のアルバムになります。彼らのような独自の世界を構築するバンドをアンダーグラウンドということではなく受け入れる土壌が日本にあることが素晴らしいです。

 この作品はユニバーサルからソニーに移籍して初めてのアルバムです。「世界に誇る、最強のロックトリオ」待望のニュー・アルバムは「以前よりも更に進化したサウンド、かつロックファンからクラブ系リスナーまで幅広く聴かれる内容に仕上がりました」とソニーさん。

 レーベルの期待通り、オリコン・チャートで最高15位になりました。とはいえ、ゆらゆら帝国のサウンドを前にヒット・チャートの話をするというのも間抜けな気がします。ヒット・チャートとは最も遠いところにある超然とした佇まいがゆらゆら帝国です。

 ゆらゆら帝国とはどこかしら懐かしい響きがする名前です。ガロ系の漫画の香りがします。同棲時代の四畳半の生々しさ、叙情派フォークの貧乏な四畳半とは一線を画す、日本民族の脳髄の奥底に潜む集合的無意識に訴えかけてくるように思います。

 板張りの便所、湿った畳、霧に沈む冷え冷えとした杉の巨木、一見個人的でいて同時に普遍的なイメージにあふれています。暴力の匂いもします。サイケデリック・ロックと呼ばれるのも頷けますが、あくまで日本のサイケです。

 ギターとボーカルの坂本慎太郎、灰野敬二を思わせる風貌でベースを弾く亀川千代、ばたばたしたドラムの柴田一郎の三人が創り出すサウンドは、西海岸のサイケを彷彿させるわけではないのですが、それでも何かと問われればサイケだと答えてしまいます。

 このアルバムではプロデュースを担当しているサイケ・バンド、ザ・スターズの石原洋がシンセ、寺西千秋なるミュージシャンがピアノとキーボードで何曲か参加している他はすべてトリオによる演奏です。ただ、そのゲスト演奏はここぞというところにぴったりはまっています。

 坂本のボーカルは基本的にはねっとりしており、日本語の歌詞をじとじとと耳に流し込んできます。普段あまり歌詞を気にしない私でもここまで丁寧に届けられると耳を傾けざるを得ません。言霊なんていう言葉も浮かんできます。

 先達でいえば早川義男のジャックスを思わせるところもありますが、内側に向かう早川に比べると随分と外側に開いた歌詞の世界です。大たい本作品のテーマはタコのようですし。ジャケットもタコなら、アルバムを代表する曲も「タコ物語」です。

 一方で「急所」などはアニソン兄貴を思わせる力強いガレージなロックです。ここから奇妙な艶歌ともいうべき「宇宙人の引越し」に至る振れ幅の大きさが魅力です。「はて人間は?」、「ソフトに死んでいる」とタイトルだけでもよだれが出る渾身のアルバムです。

 ジャケットは結構はっきりと形あるものを描いていますが、封入されているブックレットでは銀と黒のぼやけた世界が展開しており、まるでドイツの表現主義、カリガリ博士のようです。秀逸なデザインはオグラユカさんという方です。何者なんでしょう。素晴らしいです。

Sweet Spot / Yura Yura Teikoku (2005 ソニー)