細野晴臣が「自分で評価できていないんですよ。未だにそうなんです。」と語る謎のアルバムがこの「コチン・ムーン」です。アーティスト名はHOSONO&YOKOOとされている通り、細野晴臣と横尾忠則が「創り上げたマインド・ミュージックの世界!!」は格別です。

 アルバム制作の経緯がふるっています。横尾忠則の著書を読んで感銘を受けた細野が横尾に会いに行くと、その日にインド行きが決まります。そうして実際に1978年4月にインド巡る1か月の旅が行われることになりました。インドの「観光局の仕事だったみたい」です。

 細野の説明によれば、レコード会社がこの旅行で横尾に何かアルバムをつくることを頼んでいたそうです。この旅行の前年に写真家の浅井慎平がジャマイカで録音した波の音だけのアルバム「サーフ・ブレイク・フロム・ジャマイカ」が大ヒットしていました。

 レコード会社はそれが念頭にあったのだろうと推測されます。確かにこの頃環境音のレコードが流行り始めており、私も同じく写真家の内藤忠行による熱帯雨林のアルバムなどを聴いていたものです。この作品よりは数年後のことですが。

 ともあれ、そういう思惑は横尾には通じず、「うっとうしかった」横尾は「これは細野君が作る仕事だな」と細野に丸投げします。それに応えて細野が作業を行い、「とんでもないものができちゃった」と全編シンセサイザーを駆使した本作が出来上がったというわけです。

 本作のキーワードは下痢とUFOのようです。細野と横尾を結び付けたのも下痢なら、フィールド録音を中断したのも下痢、それを癒すヒーラーがマドラス総領事夫人で、彼女と二人はUFO体験で盛り上がった。アルバムの曲名は大たいそういうことになっています。

 ひどい下痢ですべてを出し切った後、「何か軽やかになって帰ってきた」細野は、いよいよ冨田勲のサウンドを作っていた松武秀樹とそのシステムと出会い、「赤ん坊みたいな気持ちで」、「整理されていないまんまの音」を嬉々として出しています。

 中には「ハム・ガル・サジャン」のようにインドの宗教歌謡がコラージュされた曲もありますが、全体にインドらしいフィールド録音素材はさほど目立ちません。しかし、シンセ・サウンドの中に強烈にインドを感じま す。オムニ・サイト・シーイングの先駆けです。

 下痢は腸内フローラを入れ替えてしまうので、身体がインド仕様になったのではないでしょうか。インドに行くと下痢をすると言いますが、インドから日本に帰っても下痢をするんです。もう一度腸内フローラを入れ替えないといけない。インド・フローラの作品です。

 横尾の存在は大きく、細野は横尾が気に入る作品に仕上げることを常に意識しており、横尾はレコーディングに時々現れては二言三言コメントを残して帰るという、エクゼキュティヴ・プロデューサー役をまっとうしています。もちろん充実のジャケットも。

 細野は自身が「エネルギーがすごく充満している」と表現する本作を、「これはパンクじゃないか(笑)」と総括しています。後のやんちゃなテクノ勢の作品と比べても遜色がないアルバムです。これは細野作品の中でも1,2を争う傑作ではないでしょうか。

Cochin Moon / Hosono & Yokoo (1978 キング)