「アメリカ領ヴァージン・アイランドのセント・ジョンズ港に浮かぶヨットの上で雄大にレコーディングされた9曲を含むポール・マッカートニー&ウイングス全力の一枚ついに登場」です。そんなところで録音されたのにタイトルは「ロンドン・タウン」です。

 ポールは世界中でレコーディングをしていますが、どこで録ってもポールはポール、場所に左右されないポップ・マエストロです。カリブ海に浮かぶヨットのイメージはアルバムのどこを聴いても出てきません。ジャケット通り、曇天のロンドンがぴったりのサウンドです。

 大規模なアメリカ・ツアーを成功させたウイングスは3枚組のライヴ・アルバムを大ヒットさせて人気は絶頂を極めていました。すぐさま次のアルバムのレコーディングにとりかかったものの、リンダが妊娠したことから、身体を気遣ってしばらく中断しています。

 リンダが安定期に入るとウイングスは件のヴァージン諸島に集ってアルバム制作を進めていきます。しかし好事魔多しといいますか、帰国後にジミー・マッカローとジョー・イングリッシュがウイングスを脱退してしまいます。こうしてまたウイングスは三人組に戻りました。

 ジミー脱退はツアーがしばらく予定されなかったことが原因だそうです。ジョーは私の推測では帰国後に制作した特大ヒットシングル「夢の旅人」のせいじゃないかと思います。あそこまでイギリスイギリスした音楽を前にするとアメリカ人のジョーは帰りたくなったんでしょう。

 ポールはバンドにこだわりをみせていますが、ウイングスはローリング・ストーンズがバンドであるようにはバンドではありませんでした。熱狂的なファンはともかく、普通の人はウイングスのアルバムも単にポールのアルバムとして認識しているのではないでしょうか。

 シングル「夢の旅人」が英国で驚異的な大ヒットを記録する中、本作品の先行シングル「しあわせの予感」が発表されると、こちらは米国で1位になる大ヒットを記録します。こうして英米で地ならしができたところで本作が発表されましたから当然大ヒットとなりました。

 アルバムは曇天のロンドンそのものな曲「たそがれのロンドン・タウン」から始まると、これぞポールというメロディーの「セーヌのカフェ・テラス」、ポール一人で録音したバラード「アイム・キャリング」などスタジオ・ワークを駆使したポール劇場が展開します。

 バンドらしい演奏を聴かせるライヴとは異なり、レコードではスタジオで練り上げたサウンドが展開していきます。バンドは3人になっていますからやりたい放題です。洋上録音の素材もモールス・コードを織り込んで「モース・ムースとグレイ・グース」になっていたりします。

 スコットランド風あり、アイルランド風あり、ロック調あり、ワルツありと前作にましてさまざまなスタイルの曲が丁寧に仕上げられています。中でもやはり「しあわせの予感」は何気ないいぶし銀サウンドが素晴らしいです。いい曲です。

 大ヒットと書きましたが、アルバムは「サタデイ・ナイト・フィーヴァー」に全米1位を阻止されましたし、すでにパンクの時代に入っていた英国では4位どまりです。とはいえポールにとっては圧倒的に不利な状況ですらこの結果です。ポールには頭が下がりっぱなしです。

London Town / Wings (1978 Capitol)