マイルス・デイヴィスの新たな出発を告げるアルバムです。マイルスの1962年は父親の死やら自身の健康問題などで充実した活動とはいえない一年でした。ライブのキャンセルも続き、大金を支払うはめにもなっています。

 そんな状態で、クインテットのメンバーの心も離れてしまい、ポール・チェンバース、ウィントン・ケリー、ジミー・コブはリズム・セクションとして独立、JJジョンソンもスタジオ仕事に精を出すようになって、あえなくクインテットは雲散霧消してしまいました。

 再始動を目論んだマイルスはさっそく新しいメンバーを探します。まずはテナー・サックスにジョン・コルトレーンの推薦を受けたジョージ・コールマン、続いてベースにアート・ファーマーのところにいたロン・カーターに白羽の矢が立ちました。

 そしてロサンゼルスでのライヴとレコーディングには、紆余曲折を経てピアノに英国出身のヴィクター・フェルドマンが起用され、ドラムにはデイヴ・ブルーベックのコンボでデビューしたフランク・バトラー、これでクインテットが成立しました。

 1963年4月のレコーディングはこのクインテットもしくはコールマン抜きのカルテットで行われました。アルバム一枚分の曲が録音されていますけれども、本作品には半分しか使用されておらず、残りはニューヨークで新たなクインテットで録音した音源が使用されました。

 新たなクインテットには、バンド入りが性に合わないフェルドマンの代わりに、ハービー・ハンコック、ドラムにはマイルスが惚れ込んだ17歳のトニー・ウィリアムスが起用されました。ハンコック、ウィリアムスにロン・カーターを加えたトリオが凄かった。

 三人は一緒にマイルスの家にやってきて、数日間毎日演奏しました。「彼らのサウンドは、もう良すぎるくらいだった」。「ものすごいバンドになるという自信が、オレにはあった」。久しぶりの大興奮を語る言葉が自伝には綴られていきます。

 本作品にはロサンゼルスとニューヨークそれぞれのクインテットの曲が交互に配置されています。LAはバラードばかり、NYはややアップテンポの曲ばかりで、それぞれの特徴がよく表れています。どちらもみずみずしい演奏でなかなか素敵です。

 バラードの方はフェルドマンの本領発揮というところでしょう。面白いことにフェルドマンの曲「セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン」と「ジョシュア」はNYクインテットの演奏です。フェルドマンの本作品への貢献の大きさがうかがい知れます。

 NYクインテットは確かに「ものすごいバンド」の片鱗を発揮しています。ウィリアムスの17歳は別格としてもカーター26歳、ハンコック23歳と三人は若い若い。彼らにとっては憧れのマイルスが、若いエネルギーを一身に浴びて欣喜雀躍している様子がいいです。

 しばらく低迷していたマイルスもこれで完全復活です。「彼らと一緒に演奏するのが、オレは楽しくてしようがない」というマイルスは「できるだけ多くの仕事を取るように」マネージャーに伝え、精力的な活動が復活しました。若い才能というものは本当に素晴らしいものです。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Seven Steps To Heaven / Miles Davis (1963 Columbia)