1960年代に結成されたアート・アンサンブル・オブ・シカゴは1980年代に入ってもますます意気軒高でした。「ザ・サード・ディケイド」、すなわち3つ目の10年目に突入していることを示したタイトルが付けられました。ディケイドという単位は日本語に訳しにくいですね。

 AECといえばフリー・ジャズばりばりのイメージがありますが、彼らが標榜する♪グレイト・ブラック・ミュージック♪にはそんな狭い定義は必要ありません。この作品などは彼らがフリー・ジャズからも自由であることを如実に示しています。

 アルバムは意表をついてジョセフ・ジャーマンのシンセサイザーによるドローン・サウンドから始まります。彼らのアルバムにシンセが導入されたのはこれが初めてではないでしょうか。そこに次第に彼らお得意のさまざまな小楽器が加わっていきます。

 曲は「ジンボ・クウェシのための祈り」です。ジンボ・クウェシは米国独立戦争において、英国側に参戦した黒人兵士の名前です。不幸なことにジンボは敵と間違われて味方に撃ち殺されるという悲劇に見舞われています。この曲は彼に代表される黒人の英雄たちへの祈りです。

 ゆったりとしたシンセのリズムは、マラカイ・フェイバースのベースとドン・モイエのドラムによる溌剌としたリズムに移行して静かに盛り上がっていきます。ことさらなアヴァンギャルドはなりを潜め、リズミカルで、柔らかくて優しい演奏です。シンセはちょっとクラフトワーク的ですし。

 続く「ファンキーAECO」はメンバー全員の共作で、その名の通り、ファンキーそのものの演奏です。延々と反復するファンクなリズムに乗せて、レスター・ボウイやロスコ―・ミッチェル、ジョセフ・ジャーマンがホーンで踊る様はまさにファンク・バンドのそれです。

 「ウォーキング・イン・ザ・ムーンライト」はロスコ―の作品です。この曲はロスコーと同名の恐らくはお父さんが書いた詩を元に作った曲のようです。これがまた4ビートのクラシックなジャズのスタイルで演奏されます。タイトル通りのロマンチックな曲です。

 ここでスタイルがまるで違う曲が並んだA面は終わり、B面に移るといかにもAECらしい可愛らしいおもちゃのような楽器群を駆使した全員の合奏曲「ザ・ベル・ピース」が始まります。これはAECのコンサートでのお約束でもあり、耳を研ぎすます儀式でもあります。

 そして今度はレスターによる「ゼロ」です。まるで手品師のBGMに使われそうなキャッチーなメロディーをもった楽しい曲でダンス・ホールもよく似合いそうです。レスターが楽しそうにトランペットを吹いている姿が目に浮かぶようです。

 最後にタイトル曲で、これはメンバー全員の作曲ながらドン・モイエは特だしされています。前半のソロを始め、とにかくモイエのパーカッションが目立ちますから。ジャケットに使われている呪術的なジャケット絵はロスコ―がこの曲のために描いたのではないかと思われます。

 このアルバムはアヴァンギャルド集団AECの柔軟さをよく示す作品です。しかも楽しい。ジャズの求道者をAECに見ている人にはさぞや不評だったことでしょう。彼らの楽しいステージを見ていればまるで違和感のない傑作なんですけれどもね。

The Third Decade / Art Ensemble Of Chicago (1985 ECM)

動画は premium member only でした。悪しからず。