ディスク・ユニオンにて「ヴェイパー・ガムラン・アンビエント!!」と紹介されていたので、食指をそそられて手に取ってしまいました。ヴェイパーウェイブともガムランともアンビエントとも言い難い作品でしたけれども、これはこれで大そう面白いアルバムでした。

 作者はロウ・ジャックなどの別名でも知られるフランス人DJ/プロデューサーのフィリップ・アレスです。本名での作品では2017年の「アメリカン・ヒーロー」が知られています。本作品は発売は2020年ですが、その前2016年の音源をCDにしたものです。

 フィリップは2016年にスイスを拠点に活動するアーティストデュオの!メディアングルッペ・ビトニックと初めてコラボしました。彼らはよほど意気投合したのか、この後も長らくコラボを続けることになりました。本作品はパリのスイス文化センターで行われた初コラボの記録です。

 ビトニックはインターネット上に広がる仮想空間に係わる社会問題に切り込むアーティストでダークウェブでのお買い物をするボットを作ってみたり、仮想通貨のマイニングでレイブを行ったりと、時にハッカーと紹介されることもある人たちです。

 本作でフィリップが音楽を担当したビトニックのプロジェクトはカナダのオンライン・デート・サイトであるアシュリー・マディソンに関するものです。同サイトの内部情報をハッキングしたところ、3200万人の男性会員が有料会話していたのは75000ものAI女声ボットでした。

 ビトニックはそれを題材に匿名の電脳空間における自動化と親密性との二律背反的な関係を扱ったインスタレーションを行ったということです。恐ろしく分かりやすいインスタレーションになっていたのではないでしょうか。背筋も凍るお話ですから。

 フィリップの音楽は一応11分と19分の二曲に分かれています。最初の曲が「あなたは誰も見ていない時にはどんな服を着ていますか?裸です」、続いて「でもみんなが見てますよ」です。アシュリー・マディソンのAIボットとの会話かと思いましたがそうではなさそうです。

 これはパパラッチとレポーターが、かの有名なセレブ家族カーダシアン・ファミリーのメンバーを突撃した際の騒ぎであったり、インタビューの音源であったりするようです。よくある質問とあらかじめ用意されていた答えという意味ではセレブもボットであるということでしょうか。

 サウンドはそうした会話のコラージュの場面と会話が途切れてビートだけになるシークエンスが入り乱れます。そのビート部分にガムランのような金属的パーカッション・サウンドが使われています。そのためヴェイパー・ガムラン・アンビエントと苦心の末命名されたのでしょう。

 一見、生き生きとした楽しげな会話に聴こえますが、徹底的に空疎で意味がありません。そこに野外録音のようなサウンドのビート・シークエンスが組み合わさることで、さらにディストピア的なイメージが膨らんでいきます。

 いわばインダストリアル・サウンドのインターネット版とでもいえるようなサウンドです。フィリップとビトニックの意図は完全にシンクロし、不気味な荒野のように広がるウェブの世界がリアルに目前に迫ってくるようです。何ともやりきれない作品です。

Awesome! / Phillipe Hallais (2020 In Paradisum)

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