モーツァルトに勝るとも劣らない才能に恵まれながら、何不自由のない暮らしのおかげで苦労が足りず、今一つ深みに欠けるなどと、庶民の怨嗟の的となりがちなメンデルスゾーンの交響曲2曲をカップリングした作品です。

 一つは「南国イタリアで受けた印象をもとにした、まばゆいまでに溌剌とした晴朗で快活な『イタリア』、もう一曲はマルチン・「ルターのコラールや宗教的な素材が数多く採り入れられた、宗教改革300年祭で演奏するために作曲された『宗教改革』」です。

 この2曲を指揮しているのはロリン・マゼール、フランス生まれのアメリカ人指揮者です。彼も最もギャラの高い指揮者などと後にひがまれる存在ですが、このアルバムは1960年と61年の録音で、彼はまだ30歳になったばかり、まだそれほどギャラも高くはなかったでしょう。

 マゼールの経歴をみると、8歳で指揮者デビューして以降、天才ぶりを愛でられて10代半ばまでにアメリカの主要オーケストラを指揮したといいますから凄いです。そのまま84歳で死ぬまで指揮者として活躍するのですからさらに凄いです。

 本作品の「イタリア」を録音したのは1960年4月です。バイロイト音楽祭に史上最年少でデビューする少し前のことです。天才少年の輝きはまだ残っていたと考えてよさそうです。腕前だけでなく若さが付加価値となっている時期です。

 この作品に対しては、「明快で輝かしい響きに満ちた演奏」や「フレッシュなヴィジョンと若々しいバイタリティー」など、その若さを満喫するコメントがなされることが多いように思います。確かに溌剌とした若さが眩しいです。

 演奏しているのはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。ベルリン・フィルと言えばカラヤンで当時も常任指揮者でした。四半世紀後、カラヤンの後任を狙ったマゼールですが、それはかなわず、マゼールにとって最大の挫折となるという因縁のオーケストラです。

 録音場所はベルリンのダーレムにあるイエス・キリスト教会です。ここは福音主義教会で、ルター派の礼拝が行われており、「宗教改革」の演奏にはぴったりです。もっとも録音スタジオとしても有名ですから、特に曲目で選んだわけではないでしょうが。

 メンデルスゾーンといえば初期ロマン派の代表です。ロマン派にはピアノ曲など素敵な小品が多いですが、こうした大作交響曲でもポップな持ち味が光ります。いかにも旅行気分の「イタリア」はもちろんですが、重いテーマのはずの「宗教改革」でもそうです。

 キャッチーなメロディーが、曲の最初から最後までこれでもかこれでもかと連打されていきます。落ち着く暇もあればこそ、演奏している人たちもさぞや楽しいことでしょう。その分軽いと言われそうなところはポピュラー音楽の世界と同じです。

 ここは若さが生きます。元気のいい演奏は若いマゼールならではなのでしょう。とにかく忙しい楽曲はベルリン・フィルによってきらきらと演奏されています。マゼールはこの後半世紀を生きるのですが、これはこの時にしか出せない輝きでしょう。若さの勝利です。

Mendelssohn : Italian Symphony, Reformation Symphony / Lorin Maazel (1961 Deutsche Grammophon)