マイルス・デイヴィスは1961年5月19日にニューヨークのカーネギー・ホールでギル・エヴァンスと共演するコンサートを開きました。マイルスはとても楽しみにしていたようで、その結果も「それは、すばらしい音楽の夕べだった」と評価しています。

 コロンビア・レコードはこのコンサートを録音することとしましたが、マイルスが反対したために隠れてこっそりとモノラル機材で録音したとのことです。コンサートの翌年には発表されていますから、マイルスはその出来栄えに満足していたのでしょう。

 直前のブラックホークでのライブに比べると、こちらの録音の方が格段にバランスもよくてかっちりしています。録音しておいて正解でした。ポール・チェンバースのベースもしっかり聴こえますし、エヴァンスのオーケストラもいい音でなっています。

 ステージにはマイルスのクインテットとエヴァンスのオーケストラが上がっていますが、クインテットのみによる演奏が半分を占めています。もちろんマイルスは両方で演奏していますけれども、全体にオーケストラの演奏が少ない気がしてしまいます。

 しかも当初発売されたLPではこのコンサートの目玉であるエヴァンス・オーケストラとの「アランフェス協奏曲」が収録されておらず、よりオーケストラの比重が小さくなってしまっています。やはりクインテットの方が売れると踏んだのでしょうか。

 なお、その「アランフェス協奏曲」は1987年になって発表された「モア・ミュージック・フロム・ザ・レジェンダリー・カーネギー・ホール・コンサート」に収録されました。この二つを統合して曲順をコンサートのセットリストに合わせたCDが1998年に発表されました。

 手元にあるのはそのCD2枚組盤です。ブラックホークのライブは2枚出ているのに、むしろこちらを2枚組で出せばよかったのに、と思わないではありません。オーケストラが入っている分、変化に富んでいますし、何よりもエヴァンスのアレンジが面白いです。

 それは冒頭の名曲「ソー・ホワット」で早くも明らかになります。この曲のみ全員参加となっており、鋭角に切れ込んでくるアレンジでがつんと殴ってくれます。あの名曲がまるで違う方向でかっこよく生まれ変わっています。エヴァンス万歳というところです。

 ところで休憩直後にクインテットが「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」を演奏している最中にマックス・ローチがステージに上がってきてプラカードを掲げて座り込んだそうです。本コンサートが支援するアフリカ救済財団への抗議です。

 このため、マイルスは怒って途中で演奏を止めてステージを降りてしまいます。その後、ローチは排除され、マイルスは説得に応じて演奏を再開します。それが「オレオ」です。いつもよりもテンションが高めな演奏なのはそんな事情があったからです。

 その後は落ち着きを取り戻し、最後のアランフェスで大団円を迎えます。ギル・エヴァンスとの貴重なコンサートの記録です。二人とも気合が入っている様子が伺えます。エヴァンス一色でもよかったかなと思わないではありませんが、文句は言わずに楽しみましょう。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

At Carnegie Hall / Miles Davis (1962 Columbia)