バッドフィンガーはビートルズのアップル・レコードからデビューしました。ウェールズ出身の彼らは当初はアイヴィーズと名乗っていましたが、デビュー・アルバムは英米では発売もされないという仕打ちを受けていました。

 しかし、そこはさすがにビートルズです。ポールやリンゴ、さらにはジョージやジョンの支援を受けて、再出発を図ります。その際にバッドフィンガーと改名し、デビュー・アルバムを再編して発売にこぎつけています。運営には問題があったにしてもアップルでよかったですね。

 本作品はバッドフィンガーとしての実質的なデビュー・アルバムです。メンバーはギターのピート・ハムとトム・エヴァンス、ドラムのマイク・ギビンズ、ベースには新加入のジョーイ・モーランドの四人、四人ともボーカルをとり、曲を書く。まさにビートルズの弟分でした。

 レコーディングの最中には、メンバー全員がジョージ・ハリソンの名作ソロ「オール・シングス・マスト・パス」のレコーディングに参加しています。これはビートルズ・ファンがほおっておくはずもありません。日本ではとりわけバッドフィンガーへの注目が集まりました。

 プロデューサーは前半が彼らを見出したマル・エヴァンス、後半がジェフ・エメリックというビートルズ・ファンにはお馴染みの人物があたっています。マルはビートルズのPA、エメリックは「サージェント・ペパーズ」などを手掛けたエンジニアです。

 そんなビートルズと仲間たちの暖かい支援を受けて完成した本作品「ノー・ダイス」は極めて良質でポップなロック・アルバムです。ビートルズの弟分と言われるのは形だけではなくて、その曲づくりや工夫をこらした演奏などにビートルズの姿を見るからです。

 この作品からシングル・カットされたのはピートの曲「嵐の恋」です。このたびはめでたく英米でトップ10入りするヒットを記録しました。力強いギターのイントロに導かれためりはりのある曲で、ボーカルとハーモニーがとても印象的です。

 しかし、このアルバムの中で最も有名な曲は何といっても「ウィズアウト・ユー」です。ピートとトムがそれぞれの曲を合体させて出来たというレノン・マッカートニー譲りの楽曲は、どちらかといえばアルバムの中では異質なバラードなのですが、これが凄かった。

 本家である彼らはシングル・カットしていませんが、1年ちょっと後にニルソンがカバーして英米で1位になる特大ヒットになりました。この曲はスタンダードと化しており、後にマライア・キャリーやホール&オーツなどもカバーしています。いい曲です。

 こうした目立つ曲はもちろん良いのですが、アルバムは捨て曲なしの魅力的なものです。ついでにいえばボーナス・トラックも素晴らしい。しかし、アルバム自体は全米28位どまりです。もう少し元気のあるプロダクションにしていたらよかったのにと思わないではないです。

 本作品は次作「ストレート・アップ」と並んでバッドフィンガーの最高傑作の呼び声が高いです。彼らのその後の軌跡はいたたまれない気持ちになってしまうものですけれども、そのことは一旦忘れて、彼らが残してくれた素晴らしい音楽に耳を傾けましょう。

No Dice / Badfinger (1970 Apple)