モービーはハーマン・メルヴィルの名作「白鯨」の原題「モビー・ディック」から採られたそうです。ままありがちな話ですけれども、モービー自身がメルヴィルの子孫であるという事実には驚きを禁じ得ません。文豪の子孫とは。

 そんなわけでモービーはアメリカ人です。レイヴが出自であるとか、湿り気を帯びたサウンドとか、どうしてもブリティッシュな気がしてしまうのですが、メルヴィルの系統となればそれはもうアメリカ人に他なりません。アメリカのミュージシャンには珍しい屈託があります。

 本作「18」は予期せぬ特大ヒットとなった名作「プレイ」の次のアルバムです。大半の曲は「プレイ」のツアーの後、スタジオで書いたそうですが、このアルバムのために何と約150曲もの曲を書き上げています。どれも大好きな曲だとのことです。

 モービーはアルバムを曲の救命ボートだと表現しており、ここでは18曲しか救えませんでした。残りの132曲はお蔵入りですが、彼はこれまで3000曲も書いてきているので、お蔵入りの方がずっと仲間が多い。何という多作な人なのでしょうか。

 アルバムは選び抜かれただけあって、見事にひとつながりになっています。一曲目から最後まで一気通貫で聴けてしまう統一感です。ジャケットの青空と砂漠、安っぽい宇宙服もどきがアルバムの物語を象徴しているにも思えてきます。

 モービーは曲作りから演奏、プロデュースまで一人でこなす宅録ミュージシャンです。ただし、ボーカルだけは自身も歌いますけれども、このアルバムでも多数のゲストを招いています。当然な気もしますが女性が中心です。

 ゲストの中で最も目立つのはシネイド・オコーナーでしょう。モービーが19歳の時に書いたという美しい曲「ハーバー」です。この頃モービーはまだハードコア・パンクやらノイズやらをやっていた時期のはずですから驚きです。

 このアルバムが発表されたのは2002年5月、制作真っただ中の時期にあの9.11が起こっています。「ハーバー」はまるでそのことを歌ったようだとオコーナーは驚いたそうです。この曲に限らず、モービーの曲は歌詞もが美しいです。

 私が特に好きなのは冒頭の曲「ウィー・アー・オール・メイド・オブ・スターズ」です。♪誰も僕たちを止められない、だって僕たちはみんな星でできているんだから♪なんて美しすぎませんか。透明な寂寥感で歌われる前向きの歌。素晴らしすぎます。

 モービーは9.11に触れて、多様性を認め合うことの大切さを自らアルバムに付したエッセイで強調しています。厳格なヴィーガンで知られるモービーですが、そうでない人も排除しないぞと。残念ながらこのメッセージがますます必要な時代になってしまいました。

 サウンドについてもちょうどそんな時代ならではのエレクトロニクス機材によるポップな曲の数々が眩しいです。人気映画「ボーン」シリーズの主題歌となった「マイ・エクストリーム」も含みつつ、時代に寄り添う名盤の一つだと思います。

18 / Moby (2002 Mute)