「映画音楽の神様」ジョン・ウィリアムズは御年87歳にして初めてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮をする機会を得ました。しかもクラシックの殿堂であるムジークフェライン大ホール、ウィーン・フィルの本拠地での演奏です。

 オーケストラを駆使した楽曲であっても、権威主義的なクラシック界においては映画音楽は軽んじられる傾向がありますから、ウィリアムズにとってはこうして最高のオーケストラを最高のホールで指揮することは格別の思いがあったに違いありません。

 クラシックの演奏家はポピュラー音楽とは一線を画して育ってきた人が多いようにイメージしますけれども、映画は別なんではないでしょうか。子どもの頃に「スター・ウォーズ」や「インディー・ジョーンズ」、「ET」などに親しまなかった人はそういないでしょう。

 この演奏会はウィーン・フィルからのラヴ・コールに応えたものだそうです。伝統と格式を重んじ、非クラシック作品はほとんど演奏しない彼らですから意外に思った人も多いようです。しかし、楽団員の心の底からワクワクしている姿を見るとそんな偏見も吹き飛びます。

 その思いは、当初演目になかったというダース・ベイダーのテーマ「帝国のマーチ」が楽団員の熱望におされてレパートリーに入ったことからも分かります。楽団員とて「スター・ウォーズ」に心酔した子どもたちだったわけです。本当にうれしそうです。

 指揮棒を振るウィリアムズも本当に嬉しそうです。学生時代にクラシックへの道は無理だと宣告されたウィリアムズですから、感慨もひとしおだったことと思います。米寿を目前に控えたとは思えない姿で感無量の面持ちで指揮をしています。

 ウィーン・フィルは10年ほど前に「スター・ウォーズ」関連の曲を3曲演奏したことがありましたが、本格的にウィリアムズ作品に向き合うのは初めてだった模様です。満を持して、と思った楽団員も多かったのでしょう、見事に愛のある演奏を繰り広げています。

 収録された曲は「スター・ウォーズ」関連が4曲、「ET」や「レイダース」、「ジョーズ」に「フック」、「ジュラシック・パーク」などウィリアムズの代表作が並びます。さらにバイオリンのアンネ=ソフィー・ムッターが彼女のために編曲された難易度の高い曲も披露しています。

 さすがにウィーン・フィルがウィリアムズをわざわざ指揮者に迎えて演奏するだけあって、単にサントラをなぞったような演奏にはなっていません。もちろん全曲がクライマックス、全曲がシングル・ヒット曲のような楽曲ですが、実に嬉しそうに、そして丁寧に演奏されています。

 「スター・ウォーズ」のテーマなど馴染み深い曲をウィーン・フィルが演奏するとサントラとはまた違って曲の深みが掘り起こされるようで、別物として聴くことができます。まさにジョン・ウィリアムズ作品集です。他の楽曲もそう、改めて曲としての魅力を発見できました。

 このアルバムはコンサート全体からウィリアムズの語りや「ハリー・ポッター」などが割愛された短縮版です。ブルーレイや遅れて発売の2枚組とは異なるので注意が必要です。1枚に凝縮されたという意味では私にはちょうど良い感じではありますが。

Live in Vienna / John Williams (2020 Deutsche Grammophon)