ニティン・ソーニーの9作目のスタジオ・アルバム「ラスト・デイズ・オブ・ミーニング」は子どもに聴かせたくないアルバムです。誰しもがゆく道ではあるとは言え、現代社会と老いの生々しい相克を知るのはもう少し大きくなってからの方がいいのではないかと思います。

 ソーニーの本作品はかなりかっちりしたコンセプト・アルバムです。「ラスト・デイズ・オブ・ミーニング」は字義通りに解釈すれば「意味の終焉」となりますが、この作品はドナルド・ミーニング氏を主人公とする物語ですから、しっかりダブル・ミーニングになっています。

 このアルバムでミーニング氏を演じるのは、サーの称号を持つ名優ジョン・ハートです。ハートは「エイリアン」や「エレファント・マン」、「ハリー・ポッター」など数多くの映画で知られる英国を代表する名俳優です。この時、ハートは70歳くらい。

 ミーニング氏は悲しみに満ちた貧乏な老人で、移民やテロリスト、さらには外の世界を恐れて家に引きこもっています。部屋に腰かけるミーニング氏の前にはカセット・テープ・レコーダーが置かれています。ジャケットはその姿を映し出しています。

 レコーダーの中には別れた妻から送られてきたテープが入っており、ミーニング氏は悪態をつきながら、そこに収められた曲を一つ一つ再生していきます。彼の呪詛に満ちた独り言は1から7まである「リフレクション」に収録されています。ハートの名演が光ります。

 各楽曲は妻がカセットに編集したという体です。基本的には1曲1曲ポーズが押されて「リフレクション」が入る構成です。ミーニング氏の悪態と曲とはもちろん密接に関係しており、たとえば、インド系の楽曲の後には♪くそったれ移民め♪などと聴こえてきます。

 ソーニーは「このアルバムは、しばしば老いとともに身についてしまう恐れや教条主義、頑固さといったものに対する回答だ」と語っています。ミーニング氏の独り言と楽曲が一つのドラマを織りなし、ジョン・ハートによるモノローグとしてそのまま劇場に出せそうです。

 楽曲はボーカルを中心に構成されており、ソーニー作品の常として多くのフィーチャリング・アーティストが参加しています。前作にも参加していたレゲエ歌手のナッティ、常連のティナ・グレース、グラミー賞新人賞にもノミネートされたヨラ、ジンバブエ移民2世のエスカなどなど。

 カセットに編集された曲集という前提だけに、各楽曲の曲調が異なるのはごく自然です。違いながらも、総体として妻から別れた夫にあてたメッセージとなっており、物語が浮き上がってきます。頑迷固陋な老人と一緒には住めないけれども気遣いは忘れない。

 最後の曲「テイスト・ジ・エアー」ではナッティ―が♪玄関を出て、光の中に歩み出そう、空気を味わい、街の匂いを嗅ごう♪と促しており、これに応えて、最後の「リフレクション」ではミーニング氏は扉を開けます。さすがに重いテーマだけに希望の光で締めています。よかった。

 社会の中で孤立していく頑固な老人は社会の分断の象徴でもあります。こうしたテーマをソーニーはそのマルチな才能でもって真っ正面から作品に仕上げました。老境に差し掛かったわが身としてはひたすら重い内容にカタルシスを経験することができました。

Last Days Of Meaning / Nitin Sawhney (2011 Cooking Vinyl)