「フィルター」とはどちらかといえば凡庸なタイトルだと思ったのですが、f ではなく phのフィルター、すなわち「媚薬」という意味でした。それを知ると俄然タイトルが輝きを放ってきました。アルバムを聴き終えると、媚薬が最適なタイトルだということが分かります。

 ニティン・ソーニーの7枚目となるアルバムです。ソーニーによれば、彼のそれまでの作品に比べて政治色が少ない作品です。何ていったって媚薬ですから。政治的であろうはずがない。ダウンテンポながら快楽主義的な様相が濃いです。

 ソーニーは2003年に前作を発表して以降、英米の有名な会場でDJをしたり、ロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターを手伝ったり、テレビ番組に出演したり、バーミンガム交響楽団にスコアを書いたりと多忙な日々を過ごしました。

 シルク・ド・ソレイユの音楽を担当したこともあるそうですから、彼の活動領域の広さが分かるというものです。そんな日々の中から誕生したのが2年ぶりとなる本作品です。一つのジャンルに収まらないソーニーゆえに、本作品も極めて幅が広いです。

 インド音楽やフラメンコ、ヒップホップにクラブ・ミュージック、ジャズ、ソウルとソーニーらしいフュージョン・サウンドが展開していきます。そんな作品ですが、基本的にはボーカル・アルバムで、全17曲中1曲を除き、すべてでボーカルが堪能できます。

 ソーニー自身は歌わないので、ボーカルはすべてゲストです。数えてみると実に13人ものボーカリストがクレジットされています。ここにヒューマン・ビートボックスまで入りますから、人の声に対するこだわりは強いです。

 ボーカリストの中で最も異色なのはソーニーのお母さんです。ガンジス川を散歩するという内容のヒンディーの詩を朗読しています。ヒンディーはプレイバック・シンガーのリーナ・バルドワージを始め、本作品でも普通に登場します。インドらしいポップな味わいが素敵です。

 一方、ソーニー作品にはよく顔を出す、ティナ・グレースも健在ですし、ここでは英国のクラブ・ミュージック界の重要レーベル、ニンジャ・チューンのフィンクも活躍しています。フラメンコ・ヒップホップのオホス・デ・ブルッホも3曲を共作するなど重要な役割を果たしています。

 これだけでもいかに幅広いかが分かるというものです。サウンド面でもインドの伝統楽器の他、ヒューマン・ビートボックスのジェイソン・シンやインド式オーケストラ、そしてハイセンスなエレクトロニクス・サウンドが見事に融合しています。

 伝統的な音楽に敬意を表しつつ、絶妙なブレンドで新しい音楽を現出させるソーニーの手腕は確かなものです。ボリウッド歌謡やベンガル地方のフォークソングであってもソーニーの魔術にかかるとしっかりとワールドワイドなサウンドになります。

 曲の数だけ小さな世界があるアルバムです。それぞれがまるで媚薬のように心を持って行ってしまいます。国境などにまるで無頓着にサウンドをミックスしていくソーニー・サウンドを気軽に味わえる滋味豊かなアルバムです。惚れてまうやろ。

Philtre / Nitin Sawhney (2005 V2)