ニティン・ソーニーを一言で説明するのは難しいです。インドからイギリスに移住してきた両親のもとに生まれたソーニーは俳優としても活躍するミュージシャンであり、大英帝国勲章CBEを受賞している偉大なアーティストです。

 ソーニーの音楽活動の原点はハモンド・オルガン奏者のジェイムス・テイラー・カルテットのツアーへの参加です。アシッド・ジャズ系と言ってよいかと思います。そういうわけで一般的にはクラブ・ミュージックの文脈で語られることが多く、本作も分類するとそうなります。

 本作品は英国の権威あるマーキュリー音楽賞でアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した前作に続く5枚目のアルバムです。タイトルは「プロフェシー」、予言よりも預言を訳語につけた方がよいスピリチュアルな作品です。

 アルバムのブックレットには「技術は麻薬だ」と書かれており、悲惨な事件と娯楽を同じ土俵で並べるテレビのシミュレートされた現実が我々の感覚を麻痺させる危険を述べています。文明の発展とは何かを厳しく問いかける内容です。

 ソーニーの場合、そうした問題意識が直截にサウンドに反映していきます。ここで目をひくのは三つの語りです。その一人はかのネルソン・マンデラ、ソーニー自身がヨハネスブルグで録音したそうです。♪ウィ・アー・フリー・トゥ・ビー・フリー♪。これが最大のテーマです。

 そしてオーストラリアのアボリジニーのバンド、ヨスー・インディのマンダウェイ・ユノピング。彼の声もソーニー自身がオーストラリアで録音しています。発展とは何かを問うソーニーの姿勢が表れているようです。これも歌ではなくて語りです。

 三人目はシカゴのタクシー運転手がインターネットや携帯電話に悪態をつく語りです。「ストリート・グルー」と題されてパートを分けてまで収録されています。これをコンセプトに溺れたとみるとオール・ミュージックの低いレーティングにつながります。確かに少々面倒くさいかも。

 コンセプトが明確なためにそちらに引きずられてしまいますが、サウンドは気持ちの良いクラブ・ミュージックです。この作品をネットで検索すると、マッシブ・アタックなどがお勧めされるのが良く分かるサウンドです。インド色も濃すぎるわけではなく、とても上品です。

 アルバムにはさまざまなアーティストが参加しています。特にソーニー自身はボーカルをとらないだけにボーカリストが目立ちます。アラブ系でスティングの作品にも参加していたシェブ・マミ、ブラジル生まれのニーナ・ミランダやティナ・グレース、アラブ歌謡のナターシャ・アトラス。

 こうした布陣を眺めているだけで分かるように、ごくごく自然にワールド・ミュージックしています。ここにタブラやインド歌謡、ボリウッド・オーケストラも入りますから、そのフュージョンぶりが分かります。グローバルなテーマになるわけです。

 ストリート系のラップからフラメンコなどもあり、多彩ですけれども、サウンド自体は繰り返しますがとても上品でアグレッシブなところはあまりありません。ソーニーのサウンドはどこまでも落ち着いていて、真摯な世界への問いかけをサポートしています。

Prophesy / Nitin Sawhney (2001 V2)