「『時』を越えて、神話がまた一つ、語り継がれる」!「前作『ミラージュ』から5年、5人のスーパースターたちが再び集い、作り上げたスーパー・ポップ・アルバム」、フリートウッド・マックの「タンゴ・イン・ザ・ナイト」です。全米1位にこそなりませんでしたが、大ヒット作です。

 前作から5年の間にメンバーのうち、ベースのジョン・マクヴィーを除く4人はそれぞれソロ・アルバムを発表しており、いずれもそこそこの成功を収めています。とりわけスティーヴィー・ニックスは2枚のアルバムを発表しており、成功も一際大きかった。

 本作品では、プロデューサーとしてリンジー・バッキンガムとアメリカン・マックのエンジニアを務めてきたリチャード・ダシュットの二人の名前のみがクレジットされています。これまではほとんどグループ名義だったことを考えると大きな変化です。

 それも道理で、本作品はもともとバッキンガムのソロ・アルバムとなるはずだったのだそうです。主にバッキンガムの自宅スタジオで作業が行われており、ミック・フリートウッドなどはバッキンガム家の前の庭にトレーラーを停めて住んでいたらしいです。

 バッキンガムは本作品で「幾つかの実験を持ち込むという試み」を行いました。「『牙(タスク)』ほど自由に音楽の絵を描くことは出来なかったけど、バンド内のペナルティ・ボックスから少し出してもらったことで、ある程度のコントロール権は手にすることが出来たよ」。

 バンドに対する遠慮はあるのでしょう、謙虚な物言いですけれども、本作品にはバッキンガム色が極めて濃厚です。前2作ではクリスティン・マクヴィーの曲を冒頭に持ってきていましたが、本作品ではバッキンガムのホットな「ビッグ・ラブ」がその場所を占めています。

 本作品の制作期間は1年以上にわたっていますが、その間、スティーヴィー・ニックスは2週間くらいしか顔を出さなかったそうです。薬物中毒治療中だったのが主な理由だそうですが、ニックス不在もあって、バッキンガムの存在感はさらに大きいです。

 とはいえ、ニックスの曲はしっかり3曲入っており、十分に存在感を示しています。バッキンガムはクリスティンと共に不在のニックスの「霊を召喚しようとしたんだ」と話しています。人間関係がややこしい彼らですが、この話はこれぞバンドといういいエピソードです。

 クリスティンとバッキンガムはそれぞれ2曲と4曲提供していることに加え、3曲も共作しています。ブリティッシュなクリスティンとアメリカンなバッキンガムの持ち味をうまくミックスして相乗効果を発揮しているわけで、フリートウッド・マックも普通のバンドらしくなりました。

 バッキンガムが行った実験的な音作りが反映されたアルバムは、これまでのマックとは少し違うサウンドを聴かせます。テクノロジーが発達してできることが広がって、みんながこぞって同じような実験を行っていた時代ですから、まさに時代の音となりました。ちょっと皮肉です。

 本作品は最終的には1500万枚を売り上げ、「噂」に次ぐ成功を収めました。ちょうどCDが売れた時代だったこともあるのでしょう。4曲のトップ20シングルを擁し、1987年のマックはさすがに大物らしい貫禄のポップ・アルバムを仕上げました。

Tango In The Night / Fleetwood Mac (1987 Warner)