前作から2年半、「世界中が待ち望んでいた、80年代の幕開けにふさわしい名盤」がフリートウッド・マックの13枚目のスタジオ・アルバム「ミラージュ」です。彼らにしては珍しい普通のジャケットですが、彼らにとって3枚目の全米1位アルバムとなりました。

 「牙(タスク)」発表後のツアーを大成功のうちに終えたフリートウッド・マックは2枚組ライブ・アルバムを置いてしばらく活動を休止します。その間、各メンバーはソロ活動を行い、スティーヴィー・ニックス、リンジー・バッキンガム、ミック・フリートウッドはアルバムを発表しています。

 それぞれが大いにヒットしましたが、やはりというか何というか、ニックスが抜きんでており、彼女のソロ「麗しのベラドンナ」は全米1位の特大ヒットです。彼女はソロ・ツアーも敢行しており、こうなると俄然解散説まで流布されることになりました。

 そこでリーダー格のミック・フリートウッドは「『噂』の自然な発展形として」本作品を企画し、「噂」制作時の連帯感を取り戻すべく、「バンド全員が家から離れて」フランスで制作することとします。バンドはフリートウッドのために集合し、めでたく本作品を完成させました。

 実にフリートウッド・マックらしい話です。前作で実験的な方向に向いたバッキンガムですら、「半ば無理矢理後戻りしなければならなかったのは、難しいことだった」としながらも、バンドのために「自分にできることはやろうと考え」てしっかり参加しています。

 バッキンガムは本作でも全12曲中5曲を提供していますが、そちらよりもプロデューサーとしての役割が大きいです。ほぼ常にバンド名をプロデューサーにクレジットしてきた彼らが、前作に初めてバッキンガムをかっこ入りで、そして今回はかっこを外して掲載しています。

 実際、自作曲のみならず、ニックスやクリスティン・マクヴィーの曲でもバッキンガムの印象的なギターを駆使したプロデュースが冴えています。クリスティンの「オンリー・オーバー・ユー」のギターなどは特に耳を奪います。スタジオの魔術師の異名も納得です。

 前作が彼らにしては実験的な内容だったとは言え、さほど過激ではありませんでしたから、私などにとっては「噂」から前作をまたいで本作ということではありません。安定のフリートウッド・マック・ワールドが連綿と続いているように感じます。

 本作からの最大のヒットはクリスティンの「ホールド・ミー」です。印象的なさびのパーカッションが素敵なマックらしい軽快なポップ・ソングです。もう一つの大ヒットはニックスの「愛のジプシー」でこちらもニックスらしい気だるい低音の歌が素敵です。

 なお「愛のジプシー」には♪ヴェルヴェット・アンダーグラウンド♪が出てきますが、これはあのバンドではなくサンフランシスコの服屋さんの名前なんだそうですね。ちょっと残念です。私にとってはフリートウッド・マックといえば真っ先にこの曲が浮かぶんですが。

 フリートウッド・マックらしい極めて良質なポップ・アルバムです。相変わらず各楽曲のエピソードに事欠かない私生活丸出しのマックですが、そうした中でこんなアルバムを作るんですから凄いものです。さすがは懐の深いフリートウッド・マックです。

Mirage / Fleetwood Mac (1982 Warner)